序章;夢の始まり


その女性は、いつも石造りの神殿のような所にいた。

どのくらいいつもなのかは、裕璃にも見ていないときがあるので分からないが、見ている限りはいつも。

そして、彼女は只何もせず、ずっと空を見上げているのである。

裕璃はここに来るとそんな彼女を見ていた。

なぜか分からないが、とても気になってしまうのだ。

しかし、毎回見ているのに、彼女は裕璃の存在に気づくことは一回もなかった。

今日も裕璃がそうしていると、やはり彼女は裕璃に気づくことが無く、ただ空を見上げている。

そんな彼女をみると、裕璃はいつも思うのだ。

どうして、気がつかないのだろう?

…どうして、何か寂しげなのだろう、と。

その瞬間、裕璃の周りの景色が揺れた――――――――――



彼女―――東条裕璃は、不意に瞼を上げた。

時間は七時、早くもなく遅くも無く…といった感じだが、夏休み中の高校生にしては早起きな方であろう。

彼女は数回瞬きをし、天井を見上げる。

そうして、本棚や机、イスなどの彼女おなじみの家財道具に目を移してゆく。

「…私の…部屋?」

どうやら、まだ寝起きでイマイチ頭が回っていなかったらしく、ここがどこだか一瞬分からなくなったらしい。

裕璃は一度目を閉じてから、ゆっくりと起き上がる。

「また同じ夢だったなぁ…。」

とポツリと呟いく。

そして、彼女はいつものようになぜか拳を作っている自分の手をじっと見つめた。

裕璃があの夢を見るのは、何も今日が初めてではない。

この夢は少々おかしい。

確かに彼女は、結構夢を見るタイプで今までいろいろな夢を見てきた。

もちろん、同じ夢を何度もみたことがある。

しかし、こんなに長期間、しかも寝るたびに見たことはない。

しかも、普通なら続きを見たりもするのだが、今回は毎回同じところで始まり、きっちり同じところで終るという徹底振りである。

異常だ、と彼女も思っている。

裕璃はため息をついて、握り拳――――これも、夢をみた時のオマケである。――――を開く。

中から出てきたのは、チェーンに通された指輪。

それは、裕璃が物心つく前から常に持っていたもので、双子の妹・東条愛璃と殆どおそろいものである。

なぜ殆どかというと、大きさが微妙に異なっているのだ。

彼女はその指輪に通されているチェーンをつまんで、じっと見つめる。

「…安心でも、するのかな?」

そう思って、なんとなく彼女は指輪をチェーンから外して右手の薬指に付け、着替えようとクローゼットの前に行った。



裕璃は身支度を整えてから、二階の自分の部屋を出て、いつもの様に隣の愛璃の部屋を覗く。

すると、まだ寝ているようで、薄手の毛布が上下しているのが見える。

裕璃はそれを見て微笑み、下へ降りてキッチンへと向かった。

愛璃が起きる前に裕璃は朝食を作っておきたかったのだ。

彼女はキッチンの冷蔵庫に向かい扉をかけて朝食の献立を考える。

少ししてから、卵とレタス、トマト、ハム、豆腐とわかめを取り出した。

裕璃はエプロンをつけて腕まくりをし、

「…さて、やりますか!!」

と言って、まずは鍋の中に適度に水を入れて火にかけた。



ちょうど裕璃が味噌汁の中に味噌を入れようとしていたとき、かすかに声が聞こえる。

「あ、起きたのかな?」

物音ならともかく、少しでも声が聞こえるなんて相変わらず朝からテンションが高いなぁ…と思いつつ、味噌を入れてから味を確かめる。

「よし、オッケー。」

そう言いながら、裕璃はその中にもどして切っておいたわかめと豆腐を入れて、少しかき混ぜる。

少しだけ煮てから火を止め、お椀の中に適量入れてテーブルの上においておく。

これで、食べる頃にはちょうどいいくらいに冷めているはずだ。

今度は同じように適度に切っておいたレタスとトマトをあらかじめ出しておいた皿の端のほうに乗せて、ハムもその横に添える。

さらにご飯を茶碗の中に装いテーブルの上に置き、最後に目玉焼きかと裕璃は思って、卵をまず一つ手に取る。

彼女はさらにそれを片手で割ってフライパンに落とす。

長年やっていると技能は身につくものだなぁ…、と彼女はしみじみ思いながらもう一つフライパンに落とす。

すると、階段からトントントンと規則正しい音がした。

どうやら、彼女が起きてきたらしい。

と、思って振り返ると、すでに彼女はキッチンの扉をくぐっていた。

おはよう。

そう裕璃が言う前に、

「はっきり言ってウザイよね、裕璃?」

「朝から何言ってるの、愛璃…。」

朝のあいさつじゃないよ、と裕璃は心の中でこっそりと突っ込む。

すると、愛璃は少し不満そうな顔をしてから、目を閉じてウンウンとばかりに少し首を動かす。

裕璃はこんな時の妹の行動の意味をよく知っていた。

たいてい自分に理不尽なことを考えているのである。

「愛璃…、今明らかに無理なこと考えたでしょ?」

と、裕璃が愛璃に向かって言うと、愛璃は怪訝な表情を浮かべる。

「…まぁいいや。とりあえず、おはよう裕璃。」

と、納得いかないような顔をしながらも、彼女がようやく朝の挨拶をしてくれたので、裕璃も、

「おはよう、愛璃。」

と笑顔で返す。

愛璃はいつも面白いなぁと思いながら、目玉焼きの方へ目を移した。

愛璃はそんな裕璃を見てから周りを見渡し、席に着く。

どうやら、手伝うことは何か無いかと愛璃は考えていたらしい。
しかし、裕璃はもう殆どの調理を終えており、することはもう殆ど無い。

だから彼女は手伝うことをあきらめて座ることにしたのだ。

裕璃はそんな愛璃の行動に気づいて、小さく笑いながらまず片方の目玉焼きだけ取り出して皿に載せる。

愛璃は黄身が半熟になっているほうが好きだということを知っているから。

さらに裕璃は自分の分を自分好みの固めに焼いてもう一方のさらに取り分け、二つの皿をそれぞれ座る場所の前に置いた。

愛璃はそんな裕璃を見てから、手と手を合わせる。

裕璃も同じようにする。

そして、互いに顔を見合わせて、

「「いただきます。」」

この食事前の挨拶は、二人の日課だ。

裕璃はまず醤油を取って焼きたての目玉焼きの上にそのままかける。

すると愛璃が、

「お、今日はかつおダシで赤味噌。」

と呟く。

裕璃はそれに微笑みながら、

「正解、さすが愛璃、味噌汁好きだね。」

というと、愛璃も笑いながらこう返した。

「味噌汁自体が好きかどうかはわかんないけど、裕璃が作ったのは美味しいから好き。」

裕璃はそんな愛璃にまた小さく微笑み、醤油を差し出す。

「で、どうしたの?」

愛璃は醤油を受け取りながら、

「ん〜?何が?」

と言い、自分の目玉焼きに醤油をかける。

裕璃はそんな愛璃に少々あきれながら言った。

「何がって…、さっきのウザイ発言よ。」

そうすると、愛璃は今更何でも無い様な口調で、

「ああ、アレ。

実は今日も例の夢見ちゃってさ〜。」

裕璃は一瞬、箸を止めて、愛璃のほうを見る。

「また、愛璃も?」

愛璃はその言葉を一瞬理解できなかったのか食べるのを止め、それから茶碗を置いて裕璃のほうをまじまじと見つめる。

「ってことは、裕璃も今日見たんだ?」

「うん。しかもやっぱり昨日と同じで同じ所で始まって、同じところで終わったの。
愛璃はどう?何か内容変わった?」

裕璃は愛璃を食い入るように見つめるけれど、

「全〜然!」

という彼女の言葉に、はっきりと自分の心が気落ちするのを感じた。



実は、愛璃も同じように夢を見る。

しかも裕璃のように、最近では寝るたびに毎日見るようだ。

確かに、彼女達は双子であるし、何らかの形でシンクロしてしまっている可能性もあるにはあるのだが、それにしてはおかしい相違点がある。

見ている夢が決定的に違うという点だ。

確かに、二人の夢の登場人物は両方とも彼女達に気がつかないのだが、

「愛璃の夢は…草原で男の人がたたずんでるんだっけ?」

「そうそう。…で、裕璃のが舞台が神殿ぽい所で、いるのは女の人だよね。」

と、このように情景も人も違っては同じ夢だとは思えない。

「で、どうしてそれが“ウザい”の?」

と、裕璃は不思議に思って箸を置きつつ愛璃に聞くと、愛璃は心底嫌そうに答えた。

「だってさ〜、最初のころは二人で同じ夢じゃないけど、
何連続も同じ日に同じ夢を見ること自体が楽しかったけど、さすがに飽きてきたしね。

もう分かったから早く進みやがれ!!って感じ。」

と握りこぶしを作りながら言う愛璃に、裕璃は思わず手を口に手を当てて噴出して笑ってしまった。

「ぷっ、愛璃らしいね。」

本当に、とても彼女の妹らしいその考えを。

そんな彼女の行動に、愛璃は腑に落ちないといった顔を浮かべたが、

次の瞬間、驚きの表情に変わった。

「裕璃、もう食べ終わったの?早っ!」

そう、実は愛璃があれやこれや熱弁している間に、裕璃はご飯を食べ終わっていたのだ。

「愛璃が遅いんでしょ?
話しに夢中になって全然箸進めてないんじゃない。」

と、半分は話を振った自分のせいでもあるのだけれどと裕璃は思いつつ手を合わせて、

「ご馳走様。」

と言い、食べ終わった食器類を持ってキッチンの方へ行く。

すると、たちまち急いで食べ終わろうとしている愛璃の食器の音が聞こえてきて、
裕璃は声を殺して笑いながら食器を水道の方まで持っていく。

しかし食器を置いて二階へ行こうと階段を上りながら、彼女は徐々に笑顔を消して真剣な表情になる。

彼女は愛璃ほど楽観的にはなれない。

続けてあんな夢を見るなんて、何か起こることの印なのでは。

妹よりも幾分か心配性である裕璃はそんなことを考えてしまうのだ。

彼女は首をふり、少し弱気になっている自分に活を入れながら階段を上っていく。

自分の中に渦巻く心配にとらわれないようにしながら。

―――――――しかし彼女の予想は、正しかった。



裕璃は部屋を出て、階段を下る。

しかし、一階に降りてから向かった先は先ほどのキッチンとはまったく逆、

玄関へと向かう。

すると、キッチンの方からもう一つの足音が響いてきたので、裕璃は今まで歩いてきた方を向く。

もちろん、歩いてきたのは愛璃だった。

「あ、愛璃。今、声をかけようと思ったんだ。」

という裕璃に、愛璃は不思議そうな顔をするが、

「ああ、そっか。今日も部活?」

と、裕璃の格好を見てようやく合点が行った。

裕璃はその時、ワイシャツにリボン、緑色のチェックのスカートというどこにでもある制服姿。

確かに夏休みが始まったばかりである今、学校に用があるとするならばそれしかないだろう。

「そ。夏休みだっていうのに毎日のようにあるのは反則だよね〜。」

と、裕璃は苦笑にも似た笑みを浮かべる。

そんな裕璃に、愛璃は少々呆れた表情を浮かべながら、

「自由参加なのに行ってる裕璃が生真面目すぎんのよ。」

と言うので、裕璃は思わず声を詰まらせた。

「う…。で…でも、自分より強い人が毎日やってるのに、それより弱い私がやらないってのは…ねぇ?」

「それが生真面目だって言ってるの。」

取り付く島もないなぁ…、と裕璃が思っていると、

「…でも、それが裕璃のいいところなんだけどね♪」

と、イタズラそうにウインクする愛璃を見て、今度は照れてしまった。

あんまり表情に出るのも同なんだろう、と思いつつも嬉しいことを言われたのは事実で、

裕璃は愛璃に向かって笑顔を浮かべる。

しかし、愛璃はそんな裕璃を見て全然動かないので、
裕璃はああまた妙なことを考えてるんだろうなぁ、と思いそのまま彼女に言ってみると、

「だからなんでこういう時に気づくの?」

と、案の定な答えが返ってくる。

「愛璃が変なこと考えてるときはわかるの。」

裕璃はいつも思っていることを口に出すと、愛璃は苦笑いを浮かべた。

愛璃の反応はいつも面白いなぁ、と裕璃が思っていると、

愛璃は突然苦笑いを人の悪い笑みに切り替える。

「じゃ〜、がんばって〜♪私は家でぐうたらしてるから〜♪」

その言葉には、裕璃はうらやんだ。

「ああ〜!!ずるい!!」

確かに努力するのは好きだが、ぐうたらできるのも羨ましい。

そんな微妙なお年頃なのである。

裕璃が心底愛璃をうらやんで上げた声にか彼女の表情にか、愛璃の顔に思わず笑みがこぼれた。

裕璃もそんな愛璃を見て、おかしくなって笑う。

こんなふうになんでもないことで二人で笑いあうことが、裕璃はとても好きだった。

楽しく笑えてる自分も好きだったが、それ以上に楽しそうな愛璃が。

愛璃が元気で笑ってくれていれば、そう裕璃はいつも願っていた。

裕璃には、たった一人しかいない家族だから。

彼女が嬉しいなら、自分も嬉しいのだと本気で思えるのだ。

愛璃と裕璃はお互いに笑い続ける。

笑い終えたのは、愛璃のほうが早かった。

笑い終えた愛璃は裕璃に向かって拳を握った右手を突き出す。

「いってらっしゃい!!裕璃!!」

これは、昔から彼女達がやっている挨拶の一つ。

彼女達が小さかった頃、彼女達の祖父に教えてもらったかなり昔からの習慣だ。

家にいるほうが拳を作って左手を突き出し、出かけるほうが挨拶をしてから右手に拳を作って合わせるという、まるで武道家みたいな挨拶。

これを教えた祖父は剣術の師範であったので、それの関係かと裕璃は思っている。

「うん。いってきます!!愛璃!!」

と言いながら、裕璃の右手の拳が私の左手の拳に合わせられる。

いつもやっているように。

しかし、いつもと同じはずなのにいつもとは違う音がした。

まるで、金属同士が触れ合っている、そんな音だ。

少し考えて、裕璃はあることに気がつく。




―――――――瞬間




突如、彼女達が立っていた場所が揺れる。

「え…ちょっ…!!」

「な…何?!!」

裕璃と愛璃は、今まで感じたことが無い様な揺れに、思わず声を上げていた。

地震なのかと思ったが、周りのものはまったく揺れていないことに裕璃は気づく。

自分たちの周りだけがなぜか揺れている。

その事実に、裕璃は動揺を隠せない。

裕璃は思わず、その場にへたり込んだ。

…しかし、へたり込んだ瞬間。

彼女がいたその場所に、大きな穴が出現する。

穴が開いたわけではなく、出現したのだ。

「?!」

裕璃は思わず、その出現した穴を見つめた。

先に広がるのは、暗い闇。

え…?と疑問の声を漏らす前に。

彼女の体はその中に吸い込まれてしまった。

深い深い、混沌とも呼べる終わりない闇の中に。

景色はまったく変わってないが、彼女は落下感を感じ取る。



「(ああそっか、落ちてるんだ。)」

そう思った瞬間、裕璃は彼女自身の意識を手放した。――――――――





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