第一章
 1 彼らは出逢った



 太陽が沈み、闇が辺りを優しく包む。

 しかし、そこは完全に暗くなることはなく、魔力を糧とする光源配給装置によって照らされていた。

 村などではこのような高度なものは見られないだろうが、ここは一般的な町とは一線を違う。

 エルトランド国王都・エルトリア。

 軍事力も政治的干渉力も他の国を圧倒している北西に位置するこの国の王都はそう呼ばれていた。

 時刻は、丁度夕食時。

 家々のランプの暖かい光が外にもれ、道を照らしている。

 そんな中、官僚たちの住まいの区域と一般人の区域の丁度中間辺りに大きめの家があった。

 その家も、どうやら夕食の時間らしく、ダイニングには三人の人が集まっている。

 しかし、この家は少々変わっていた。

 一つはもれている光はがランプのそれではなく、光源装置によって生み出された光だということ。

 光源装置を使っている―――――それはそのままその家に魔力を制御できる人物がいるということを表している。

 もう一つは、そこに住んでいる三人が全員男性だと言う点である。

 しかも全員年齢がバラバラで、よりいっそうおかしさが目に付く。

 まぁ、全員親子か兄弟ならそれも納得できるのだが、三人の容姿はかなり異なっていた。

 一人は、ダークグリーンの髪の毛の肩より下の髪を後ろで軽く結い、同色の瞳には大人の風格が感じられる、この中では一番年上であろう三十代か少し下くらいの青年。

 一人は銅色の髪を左で分け、左側の方だけ後ろにかきあげている、髪より少し濃い色の瞳を持ち、少々不機嫌そうにしている、二十五歳になるかならないかくらいの青年。

 もう一人は黒い髪と黒い目を持ち、青春時代を謳歌していそうなくらいの年齢の少年だ。

 親子で兄弟で髪や目の色がここまで違うことはありえないだろう。

 そして最後に一つ、彼らの不自然さを際立たせている事柄があった。

 そのうち、少年以外の二人が何故か白衣を着ているのだ。

 食事時にその姿はさすがに怪しい。

 「…ゼロさん、ヴァルスさん、さすがに白衣は脱ぎましょうよ…。」

 白衣を着ていない少年が、他の二人に向かって言った。

 どうやら彼も気にはなっていたらしい。

 「ん…?ああ、そうだな。すまない。」

 と言って、ダークグリーンの髪の青年は席を立ち白衣を脱いで背もたれにかけた。

 が、銅色の青年はまったく動かず、

 「面倒くせぇ。」

 と言って、一刀両断してしまう。

 少年はそんな彼の様子にため息を吐いた。

 「面倒くさい…って、ゼロさん…。いつもは脱いで食べてるじゃないですか。」

 まるで窘めるような口調で言ってきた少年に、“ゼロ”と呼ばれたその人は少年を見る。

 「…シュウ?」

 「…はい…。」

 彼が名前を呼ぶだけで、“シュウ”はついつい押し黙ってしまう。

 ―――――――普段の力関係が垣間見える一シーンである。

 「すまんな、シュウ。」

 と、もう一人の―――おそらくヴァルスという人物がシュウに向かってゼロの代わりに謝った。

 「今日は空気中の魔力濃度が高くてな…。気が抜けずに少しイラついているようだ。」

 「ヴァルスさん…。いえ、いつものことですから。」

 と言って、シュウは微笑む。

 それはそれで結構問題があるのではないだろうか、と思いつつもヴァルスはシュウの言葉に頷く。

 すると、カタン…と食器の置く音がした。

 二人が音の方を振り向くと、そこには空になった食器の皿と、立ち上がるゼロの姿。

 「…今日はまた、早いですね…。」

 と、シュウはもう席を立ってダイニングを出ようとしているゼロの背中に向かって苦笑を浮かべる。

 ゼロは、振り向きもせず、

 「失敗は御免だ。」

 と言って、ダイニングを出て行った。

 シュウはため息を吐いた。

 「ゼロさん、大変ですね。」

 そう言うシュウにヴァルスは一言。

 「…お前は人事ではないだろう?」

 シュウはヴァルスの方に視線を移して、苦笑にも似た表情を浮かべた。



 ゼロは一階にあるダイニングから真っ直ぐに廊下を抜けた。

 三人しか住んでいないこの家の廊下には人通りもなく、当然暗かった。

 ゼロは暗いのを気にも留めずにそのまま進む。

 階段のある左側…にではなく、玄関のある右側へ。

 では、外へ出て行くのか、と思うのがそれも違うらしい。

 玄関に一番近い部屋のドアを、彼は開ける。

 その場所は、沢山の本棚が並ぶ書庫。

 カーテンをしていないのか、月の光に照らされていた。

 「…。」

 彼はそのまま中へと足を進め、真ん中辺りに備え付けられた鏡の少し奥にある本棚まで歩く。

 そしてそのまま、その本棚の中から三冊の本を取り出した。

 すると、


 ガコンッ…


 と、何かが外れる音が辺りに響く。

 音源は後ろにある鏡。

 ゼロは本を元の位置に戻し、鏡の左端の方を押す。

 すると、キィ…と音を立てて鏡は内側に開いた。

 隠し扉である。

 隠し扉の奥には、光の差し込まない空間があった。

 しかもただの空間ではなく、左手に下へと続く細い階段があった。

 ゼロは何のためらいもしないで、壁に手をつけて下へと下ってゆく。

 いつもそうしているのだろうか、その足取りはとてもしっかりしていて、途中で踊り場があるにもかかわらず彼は立ち止まりもしない。

 光源がまったく存在していないというのに。

 どれくらい下っただろうか、順調に下っていた彼の足取りがピタッと止まる。

 どうやら、ここが最後の段であるらしい。

 彼はそのまま壁につけていた左手をスッ…と前の方に伸ばした。

 フォォン…という音とともに、その先の部屋に光が灯った。

 手を伸ばした先にあったのは、どうやら光源装置だったらしい。

 ゼロはそのまま扉のないドアをくぐった。

 上の書庫より少し広い。

 この部屋にも沢山の本棚があり、入り口の両脇にも存在していた。

 目の前には、少し段差がついている床の上に魔方陣が描かれている。

 奥のほうには大きめの机とイスが備え付けてあり、その周りに本屋紙切れが散らばっている。

 そこは、ゼロの研究室だった。

 彼はまず、魔方陣に視線を移した。

 それは少し発光しており、ゼロは眉根を寄せる。

 「…チッ。」

 彼はそのままつかつかと魔方陣に近寄って片方の膝を床につけて、段差の辺りに片手を置いて目を閉じる。

 すると、徐々にだが光を失ってゆく。

 数分間そうして殆ど光っていない状態にしてから、彼は瞳を開けた。

 彼はその様子を確かめてから、机の方に向かい、イスに座る。

 フゥ…と、息を吐きながら、ゼロは右手にペン、左手に開いたままの本を取り、適当な紙を引き寄せた。

 本をペラペラめくり、紙に次々と数式を書いてゆくゼロ。

 その数式はとても複雑だ。

 合わない所が出ては本をめくり、もう一度数式を書いていくということを繰り返す。

 彼はそのまましばらく書き続け、突然本をパタンと閉じて、イスにもたれかかった。

 「一段落ついたか?」

 ゼロは声がした後ろに、顔だけで振り向いた。

 いたのは彼の思った通りの人物、ヴァルス。

 ヴァルスは両手にカップを持っていた。

 「ああ、まぁな。」

 ゼロがイスごと振り向くと、ヴァルスはカップの一つを彼に向かって差し出す。

 ゼロはそれを受け取り、中に入っていたコーヒーを一口飲み込む。

 ヴァルスは机の近くの壁にもたれかかりながら、微笑を浮かべる。

 「だが…。」

 ゼロはカップに視線を向けて、言う。

 「いくらアレの内容を解釈しなおしたとしても、導き出された答えにはいくつか疑問点が残るのが現状だ。」

 「やはりあれの解読は難しいということか?」

 「ああ。もしくは…。」

 ゼロはコーヒーをもう一口飲んで、ヴァルスに視線を向けて言った。

 「他にも何か必要なものがある…って事かもしれねぇな。」

 「!!だが、手がかりは…!」

 ヴァルスはゼロの言葉に思わず机の上にガタッとカップを置く。

 その瞬間、

 部屋全体をまばゆいばかりの白い光が包んだ。

 「?!」

 「これは…!!」

 二人は同時に同じ方向を振り向く。

 彼らが見たのは、眩く輝く魔方陣。

 「…前回と同じ状況だぞ、ゼロ!!」

 ヴァルスは焦りの声を上げながら、魔方陣の方へと走って行く。

 「ああ、おそらくまた何か来るな!」

 ゼロも魔方陣に近づき、今度は両膝をついて両手で魔方陣のふち辺りを触る。

 「…もう手遅れだな…。」

 ゼロははき捨てながらも、両手を離さない。

 ヴァルスはそれを聞いて、魔法陣の中へと踏み込んだ。

 「ヴァルス、避けやがれ!」

 ヴァルスはゼロのほうを振り向く。

 「だが、また同じように人が落ちてきたらどうするんだ?」

 「…何か来るって確証はねぇ。」

 ゼロがにらみ付けながら言うと、ヴァルスは微笑を浮かべた。

 「大丈夫だ。お前を信じているからな。」

 「…チッ。勝手にしろ。」

 ゼロは納得いかないという顔をしながらも、視線を再び魔方陣へと移し、瞳を閉じる。

 光は、ますます強くなっていた。

 先ほどは少しまぶしい、という感じだったのに、今は目を開けるのでさえ辛い。

 ヴァルスは目を細めながらも、虚空を見つめる。


 フィィィィィィィィィィィ…


 魔方陣が何かに共鳴するかのように鳴り出す。

 それと同時に集まってゆく膨大な魔力。

 二人は驚いた。

 前回も魔力は集まったが、比べほどもならない量の魔力が集まってきているのだ。

 ヴァルスは上を向きながらゼロに問いかける。

 「暴発か?!」

 「んなことオレがさせると思ってるのか?」

 「…それもそうだな。」

 二人は不敵に微笑んでいた。

 内心では焦っているのに、行動とてもはとても落ち着いている。

 それだけ己の力を信じ、互いを認め合っている、そういうことなのだろう。

 光とともに音もどんどん大きさを増していく。

 それと共に、さらに膨大な魔力が魔方陣の上空に集まってゆく。

 しかし、彼らはけしてその場を動こうとはしない。

 もうこれ以上は大きくならない、そう感じた時、

 「…ゼロッ!!」

 ヴァルスは、振り向かずに呼びかける。

 「…ああ。」

 ゼロは、魔方陣から手を離し、立ち上がって言った。

 「…さぁ、制御は完了した…。」

 その言葉とともに、音が止む。

 光がすべて、上空へと上ってゆく。

 それは、うねりとなった魔力に吸い込まれ、混ざり合う。

 光とも魔力とも言えなくなったそれは、やがて光の形を作り出した。

 「来る!!」

 光にかたちどられた何かが、堕ちてくる。

 ヴァルスは、それが堕ちてゆく方向へ飛び出す。


 すると、それは

 ヴァルスの腕の中に

 トン…と

 軽い音をたてて収まった


 「…なんだった?」

 ゼロがヴァルスに聞くと、彼はゆっくりとゼロの方向へと振り返った。

 「…女?」

 「ああ、らしいな。」

 彼の腕の中にいたのは、黒い髪をポニーテールにしている、不思議な服を着た女性。

 シュウと同じくらいの年齢だろうと思える少女だった。

 どうやら気絶しているらしく、瞳の色は分からないが、髪の色から見る限り、黒に近いことは予想できる。

 ゼロはもう光が止んでしまった魔方陣と、天井を見上げて、もう一度その少女に目を移してため息を吐く。

 「…また失敗だな。」

 ゼロは、興味が失せたように机に向かって歩き出した。

 ヴァルスはそんなゼロの様子にため息を吐く。

 「…二階の空き部屋に連れて行くからな。」

 ヴァルスは慣れているのか、ゼロに背を向け、彼女を抱えたまま階段の方へと歩いてゆく。

 「そうしてくれ。」

 振り向きもせず、ゼロは左手をヴァルスに向けて振る。

 「…そう悩むな。」

 ヴァルスはそうゼロに言って、階段を上っていった。

 トントン…と、ゆっくりとヴァルスは階段を上っていく。

 そして程なく、パタンと隠し扉の閉じる音がゼロの耳に届く。

 その瞬間。


 ガンッ!!!


 研究室の中に、衝突音が響く。

 ゼロは左手に握りこぶしを作って、壁に叩きつけたのだ。

 ゼロは右手で髪の毛をかきあげ、呟く。

 「…オレは…また…。」

 その表情は、苛立たしげに歪んでいた――――――――




 BACK  TOP  NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送