第一章
 2 美少年の顔は命です。


 まるで雲に包まれて浮いている、そんな感覚。

 私はその心地よさに、思わず身を任せた。



 …が、それもつかの間だった。



 突然消えた、浮遊感。

 それと同時に私は目を開ける。

 目に映るのは、石造りの壁。

 「んなぁっ!!」

 なぜか、下からそんな声が聞こえてきて、なんでって私が思った瞬間、

 次に感じたのはさっきとはまったく逆の落下感。

 あわてて少し目線を下に移すと、そこにあったのは予想通りというかやっぱり床。

 気づいた瞬間には、もう遅い。



 ドスン!!



 と、私はその床に叩きつけられる。

 しかも、暗闇の中でなら受身を取る体勢を整えていたのだが、

 安心しきって体勢を崩していた。

 本当なら全身強打するくらいの痛さだろう。

 しかし、なぜか思っていたような痛さはあまりなくて、すぐに上体を起こすことはできた。

 …まぁ、節々は痛いけど。

 それでも、それはやっぱり奇跡のような事だったので、私は思わず呟いた。

 「やっぱり、曲がりなりにも祈ったおかげ?」

 「どうでもいいから速く避けろ!!」

 と、なにやら先ほども聞いたような聞いて無い様な声が辺りに響く。

 どこかに人がいるのか、と思って辺りを見回すが、人っ子一人見当らない。

 やっぱり変な所通ってきたから、耳でもおかしくなったか?

 そう思っていると、

 「どこ見てるんだ?!下だ!!」

 今度はさっきとは別の声が聞こえてきた。

 さすがに私は幻聴を二人分の声に分けるなんて器用な真似はできない。

 私はとりあえず、その声にしたがって下を向いてみた。

 「…おや?」

 私は、人を下敷きにしていた。

 それも二人も。

 「…なんでそんな所にいるの?」

 「お前が上から降ってきたんだろうが!」

 ああ、なるほど。

 私が貴方達を下敷きにしてたってわけか。

 多分上から落ちてきた時に。

 道理で衝撃が少ないと思った、…って、かなりマズイよそれ。

 「うっわ、ゴメン!」

 と、私はあわてて私は状態を起こし、立ち上がる。

 さすがに初対面で踏み潰しはいけないだろう、うん。

 しかも乗ったままってのはますますいけないだろう。

 すると、二人は―――どうやら二人とも男性―――は、不機嫌そうに立ち上がる。

 私は、おもわず二人を凝視してしまった。

 確かに声が異様にかっこよさげであることは分かっていた。

 しかしまさか顔まで美形だとは思っていなかったのである。

 一人はサラサラの金髪を一般男性くらいにしやや左寄りに分けていて、翠色の活発そうなイメージのある瞳の持ち主。

 もうひとりもやはり短髪で真ん中で分けており、瞳も髪もダークブルーを宿している、メガネを掛けているわけではないのにインテリ系に見える人だ。

 二人とも、私と同じくらいかちょっと上くらいの年頃で、美形というよりは美少年の範疇に入るのかもしれないが、

 街中で見かけたら同じ年頃の子は十中八九振り返るような、それくらいの美形。

 私は心底ほっとしていた。

 彼らの顔に傷がついていなかったからである。

 先ほど、私はこの二人を踏み潰したり足蹴にしていたのである。
 傷がついてもおかしくなかった。

 だが彼らの顔にはまったく綺麗なままだったので、心の中でおもわず小踊りする。

 こんなカッコいい二人の顔に傷でもついてしまったら…、考えただけでも恐ろしい。

 美形は顔が命である、というのは私を含めた全国の美形観察を趣味に持つ者の共通で永久不滅のテーマだ。

 …性格も良いに越したことはないが。


 しかし、彼らが私を引き付けるのはそれだけではない。

 彼らは現在日本では微妙におかしい格好をしているのである。

 二人とも何かの制服なのか、同じ服を着ていて、色は黒の上下。

 しかし、男子の学生服にはあるまじき上着のサイドにスリットが入っていたりする。

 肩には石か何かで出来た肩当が付いていて、前より後ろの方が微妙に長くなっている。

 スリットの中は同色の服を着ていて、皮で出来た留め金が銀色のベルトをしている。

 さらに肩当と袖には十字架が施されていて、お前らは十字軍か?!とツッコみたくなる。

 漫画かゲームに見るようなファンタジー衣装である。

 しかし、それだけならまだどっかの会場の着替え室とかならあるいはありえるのかもしれない。

 しかし、彼らが腰に付けている物は明らかに刃物だと自己主張していた。

 金髪のほうがちょっとした長さの西洋剣、多分クレイモア。

 インテリ君の方はショートソードくらいの長さではあるが、刃物であることは間違いないだろう。

 というか、これで竹光とかだったら指差して笑ってやる。

 さて、色々と聞きたいことがあるのだが、初対面で聞くことと言えばやはりこれであろう。

 「えっと…、君たち誰?」

 と私が聞くと、金髪さんが、

 「普通聞いてくるほうが先に名乗るもんじゃないか?」

 と、言う。

 確かに一理あったので、先に名乗ることにした。

 「私は東条愛璃…って、外人さんっぽいからアイリ=トージョーの方がいい?
  とにかく、名前が愛璃で苗字が東条、ヨロシク。」

 「…アイリ?」

 「そうそう。
  で、金髪美形さんは誰?」

 彼は俺?とばかりに指を指すので、うなずいて見せると、

 「おれはディオ。ディオルース=ローレンシア。」

 と、明らかに日本人ではない名前を名乗ってくれる。

 やっぱり、人間関係を円満にするには自己紹介って大事よね。

 「ディオルース?長いからディオって呼んでいい?」

 私がそういうと、

 「あ…ああ。」

 と、歯切れ悪いながらも答えが返ってきた。

 「ん、ありがとう。
  で、そっちのインテリ美形は誰?」

 「…?僕のことか?」

 インテリ美形さんの一人称は今時珍しい「僕」か。

 なんか想像通りでおもしろい。

 「そうそう。ファッッチュァネーム?」

 「…?レクティ=トリーティアだ。」

 彼は顔を少しゆがめながらもちゃんと名乗ってくれた。

 「レクティ…ね、どうも初めまして!」

 「「は…初めまして…?」」

 うわ、息ぴったりで面白いや。

 いや、でも日本語通じてよかったなぁ。

 英語すら殆ど話せないからねぇ。

 この調子で、私は今一番聞きたいことを聞いてみた。

 「…で、ここってどこなの?」

 彼らは互いに顔を見合す。

 とても疑念に満ちた表情だ。

 しかし、聞かれたことには素直に答える性格なのか、ディオが答えてくれる。

 「『クリストクルセイダー』の本部。」

 …どこだそこは?

 「…もうちょっと大きい範囲でオネガイシマス。」

 そういうと、今度はレクティが、

 「…?リヴァーリス国の王都・リヴァーリスだが。」

 「ごめん、もう少し大きく分けてで。」

 「東大陸の東部に位置してるぜ?」

 そこまで聞いて、私は嫌な予感がバリバリした。

 クリストクルセイダーにリヴァーリス国、そんでもってトウタイリクなんて聞いた覚えもないし、見たこともない。

 さらに言うなら、普通ならありえないことをしてきたばっかりである。

 誰だってやな予感の一つや二つや100コはするだろう。

 私はそんな思いを押し殺しながら、二人に再度聞いてみた。

 「ねぇ…、ここって地球?」

 「は?」

 「どこだ?そこは?」

 ある意味、分かっていた答えだった。

 ある程度は予想していたのだから。

 でも、ああやっぱりと思う反面、ショックがあったのもまた事実で。

 普段なら絶対にありえないのだけれど、

 くらっと来て、倒れてしまう。

 このままだったらきっと痛いなぁ、と人事みたいに思っていたら、

 「?!おい!!」

 と、ディオの声が辺りに響いた。

 次に感じたのは、床に叩きつけられる感触、ではなく引っ張られる感覚。

 そして、ポスッと音がするとその感覚はなくなり、代わりにそれに当たっている辺りがなにやら暖かい。

 なんでだろう、と思って焦点を合わせて見ると、そこに写ったのは黒い色。

 ただ黒いんじゃなくて、白い十字架があしらってある。

 …私がそんなものを見たのは、一回しかない。

 私がとりあえず自分の腰の辺りを見てみると、そこには手が添えてある。

 まさか…、と思いつつもギギギっと私が顔を上げる。

 目の前あったのは、美形のディオの顔。

 つまり…なんというか、

 「だいじょう「みぎゃ〜!!」」


  ドゴォ!!


 「ゲフッ!!」

 私は真っ赤になりながら、おもわずディオに右アッパーをお見舞いする。

 だって、いくら助けてくれるためとはいっても、何故か抱きしめられたんですよ?

 いくら美形でもいきなり男の人、しかも初対面の人にやられたら誰だってびっくりして物理攻撃の一発は食らわせるだろう。

 とてもおいしいシーンではあるが、きっと誰でも。

 しかし、殴った後だが私は唐突に思う。

 こんな事をしたのは、明らかに不可抗力だということを。

 ―――ならアッパーはやりすぎだよなぁ、謝るか。

 そう私が思ってると、私の耳に声が響く。

 「お前何すんだよ?!」

 アゴを抑えながら、怒りをあらわにするディオの声だ。

 その言葉に、私は何か引っかかりを覚える。

 折角謝ろうと思ったのに、と。

 自分の感覚を否定された気分だ。

 誰でも、考えを否定されては気持ちいい物ではない。

 だから、私はついついその台詞に、怒りと何故かボケ精神に火がついてしまったわけで…。

 「『何すんだよ』はこっちの台詞よ!!
  いくら助けるためといえ、たとえそれが全国乙女の夢だとしても、
  実際に初対面のしかもオトコに抱きつかれたらびっくりするでしょうが!!
  神が許しても私が許さん!!」

 「んな事くらいでいちいち怒られてたまるか!」

 「ま〜!私はそんな子に育てた覚えはないわよっ!!」

 「育ててもらった覚えもねぇよ!」

 「私だってないわよ!

  っていうか、今のでもし変なウワサが広まったらどうするの!結婚どころか彼氏もできないじゃん!!

  責任とって、私を嫁に貰え――――――っ!!」

 「な、なんでそうなんだよ?!頭おかしいんじゃねぇの?!」

 「おかしくなったとしたらお前のせいだっ!!」

 「わけわかんねぇって!!」

 と、私の爆走トークにディオは顔を赤くしながら何とか対抗してくる。

 おっしゃ!このまま行ったら絶対勝てる!!

 先ほどとはちょっとずれた考えを胸に秘めつつ、この言い合いに勝利するためにさてもう一言、と思ったときに、

 「二人とも…落ち着け。」

 と、インテリ美形さんのレクティが私とディオの顔の前に手をかざして遮る。

 そのレクティの行動にディオの口調はますますヒートアップした。

 「レクティ!どけ!!」

 私に行っていた。

 「そうよ!私の怒り兼ボケを邪魔しないで!」

 「ってボケも入ってんのかよ!」

 「はいってちゃ悪いか?!」

 「悪いに決まってんだろうが!!」

 「私はボケてナンボなのよ!」

 「誰が決めたんだよそんなこと?!」

 「私に決まってるしょ!」

 「そんなことで威張るなっ!!」

 「だから落ち着けといっているだろう?!」

 レクティがもう一度口を開いた瞬間、

 ズビシッ…と、

 私とディオの額に、彼の手刀が突き刺さった。





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