第一章
 3 ま、別にいいや。



「まぁ…なんというか、

 私の基本はボケな訳ですよ。

 人間は頭にくると、どうしても本質に近づくわけで…。」

 「…で、ボケたと?」

 「…はい…。」

 私はレクティに正座させられながら答える。

 私の横ではもちろんディオも正座中である。

 なかなか見事な采配だ。

 「あのな、ディオは一応本気で怒っていたんだぞ?」

 「いや、一応じゃなくて…」

 「黙ってろ。」

 「…はい。」

 おお、すごい!レクティったらディオを黙らせてるよ!

 インテリ系は見掛け倒しじゃなかったのね!!

 そう私が思っていると、レクティは今度は私に向かって言う。

 「ああいう所では一般人はボケたりはしないだろう?」

 「いや…、まぁそこは私は一般人でないってことで…」

 「君も口答えするのか?」

 「あ…いや…。…すみません…。」

 レクティはそんな私の様子にため息を吐き、再度ディオに向き直った。

 「だいたいディオ、いくら助けるためだといっても、いきなり知らない男に抱きしめられたら誰でも驚くと僕は思うぞ?」

 「う…。」

 おお!レクティったら私が思ったことそのまま言ってくれてるわ!

 さすがインテリさん、話が分っかる〜♪

 と、心の中でレクティにファンファーレを鳴らしていると、今度はレクティは私の方を向いて、

 「それと…アイリ…だったか?
  ディオは曲がりなりにも君を助けたんだぞ?
  問答無用でアッパーというのはおかしいだろう?」

 「…確かにごもっとも。」

 それに関しては、私は異論がない。

 あの時は頭に血が上りすぎていた。

 ボケるのはいつものことだがアッパーなんて電車の中であった変態にしかしていない(いや、あの時は回し蹴りだったかな?)。

 それを引っ張り起こしてくれた相手にぶちかますなんてもっての外、である。

 そうと思ったら、やることは決まっている。

 私は体ごとディオの方を向いく。

 ディオは一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、私はそれに構わず手を床につけて頭を下げた。

 じいちゃんは、謝るならこうしなさいと言っていた。

 「?!お…おい!!」

 ディオの焦った声を聞いて、私は頭を上げる。

 「ゴメンね、いきなり殴って。
  痛かったでしょ?」

 ディオの顔を見上げながら私が言うと、ディオの顔がどんどん赤らんでいくのが見えた。

 …なんで?

 彼は顔を赤くしながらも、頭をポリポリと掻きつつ、

 「こっちこそ…、いきなりあんなことして悪かったな。」

 と言って、先ほどの私と同じ行動を取る。

 …ああ、確かになかなか焦る感じがあるわ、この謝り方。

 「…分かったなら立ってよし。」

 と、レクティが言うので、私とディオは冷たい冷たい床から立ち上がった。

 ああ、生足部分が寒かった。

 ここの気候はこの服ではただでさえ寒いというのに、ますます冷えてしまった。

 …まぁ自業自得だけど、ね。

 私がそんなことを思っていると、レクティが私に質問をしてくる。

 「それで、アイリはなぜここにやって来たんだ?」

 私はちょっと考えて、難しそうな顔をしてこう答えた。

 「…分かんない。」

 というか、こっちが聞きたいくらいだ。

 「は?」

 レクティは、その答えに素っ頓狂な声をあげる。

 多分、ちゃんと答えが返ってくると思ったのだろう。

 私にもあれをどう言っていいかさっぱり分からないのに、説明しろって方がおかしい。

 「分からない…って、どういうことだよ?」

 今度はディオが私に聞いてくる。

 私はため息を一つはいて、

 「…まぁ、順番に話すから適当に聞いといてくれない?」

 と言うと、彼らはお互いの目線を合わせてから頷いた。

 本当に息ぴったり。



 私は今日あったことを彼らに順番に話した。

 普通に起きたこと。

 普通にご飯を食べたこと。

 ついでに洗い物もしたこと。

 姉を見送りに玄関まで行ったこと。

 そしたら先が真っ暗で見えない落とし穴に何故か落ちたこと。

 光をくぐったらここに出れたこと。

 「…とまぁ、そんな感じなわけでございますよ。」

 「「……………。」」

 私が話し終わっても、彼らは無言のままだった。

 っていうか、レクティの方は穴に吸い込まれた辺りから頭を抱えていたりもする。

 ディオだって結構顔色が悪い。

 そんな二人が何も喋らないとなると、やっぱり沈黙が重いわけで。

 私はちょっとは我慢してたけど、

 「お〜い???」

 といって、彼らの目の前で手を振ってみた。

 しかし、まるで屍のようにまったく反応しない。

 …いっそまたアッパーしてみようかな?

 …

 いやいや、またレクティのお説教を聞かされるだけだわ。やめとこ。

 私がそんなことを思っていると、

 「…おい。」

 と、比較的呆然度が緩かったディオが立ち直って私に話しかける。

 「ん?何でしょ?」

 「…アッパーせずに聞けるか?」

 それは怒るなってことなんだろうか?

 てことは、何かやっちゃったってことだよなぁ。

 しかも私に何か関係してることで。

 …てか、そんなにアッパー嫌がるなんて、よほど痛かったのねぇ…。

 「…まぁ、考えてあげる。」

 「…考えた上でダメな場合、どうなんだよ?」

 「もちろんぶん殴る。」

 「…。」

 あ、ディオったら押し黙っちゃったし。

 仕方ないなぁ…

 「怒んないから、言え。じゃないと怒る。」

 「わ…分かった…!!」

 ディオは私のその言葉と構えた拳に、思わず両手を挙げた。

 微妙に顔も青い。

 その表情でちょっと可哀想になった私は、構えた拳を下げてあげると彼はほっと息を吐いて、

 「…お前がここに来たのは、オレらのせいかもしれない。」

 と、さらに一拍置いて答えた。

 「…はい?」

 「とりあえず、周りを見てみろ。」

 彼のその台詞にしたがって、私は初めて辺りを見回した。

 まぁ、見た感じは彼らの服装から予想できるように洋風。

 見なくても分かっていたが部屋の内部で、結構使い込まれてる感じである。

 でもって、机とイスとベットがそれぞれ二つ、沢山の本棚には何故か本が一冊も詰まっていない。

 ボストンバックらしきものとキャリーバック風が合計四つあるので、多分お引越しか何かだと思う。

 二つあるということは、多分二人の部屋…なんだろうなぁ。

 もちろん窓だってあって、出入り口のドアだってちゃんとある。

 別段何の変哲のない部屋だと思う。

 「えっと…?」

 「見て欲しいのはそこだ。」

 私がディオに訝しげな視線を送ると、ディオは床―――丁度私の足元辺りを指差して言う。

 その言葉に素直に従って、私は下を向くと、

 「…おや?何これ?」

 そこに広がるのは、茶色のフローリングの床。それはいい。

 問題はなんでそこに白いチョークっぽいもので怪しげな図形が描いてあるかだ。

 よくゲームや漫画で見かけるような魔法陣っぽいものが。

 しかも私が落下した辺りが中心で。

 「えっと…これは?」

 「…多分、方陣魔法の一種なんだろうな。」

 「ホージン…魔法?魔法なんだ!へ〜…
  …て、多分って何?」

 私は、思わずもう一度拳を構えなおした。
 微妙に笑顔を浮かべながら。

 「…分かった、今話すから…。」

 と顔を青くしながら言うので、私は彼から仕方なく手を離してやる。

 「…まぁ、つまり…なんていうか…。」

 それでも、ディオは言うのをためらっているのか、中々先に進まない。

 そんな時、先ほどまで頭を抱えていたレクティが口を開いた。

 「僕たちが君を召喚してしまったということだ。」

 「…はい?」





 二人の話を分かりやすく要約すると、こんな感じだった。

 二人の家は昔から魔法使いを多く選出しているらしい。

 で、二人でそういうことを学ぶ学校に通っており、今年ようやく卒業するらしい。

 ここはその学校の学生用の研究室で、卒業近くだったからそろそろ引き払わなくてはならないらしい。

 明日明後日は休日であるし、片付けはその日でも出来るのだが、早い方がいいだろうと二人は思い、一週間ほど前から片付け初めたんだとか。

 殆どの荷物を片付けや移動をし終わった昨日、残った本棚の本を片付けていたら、レクティがあるものを見つけた。

 それは赤い装丁がしてある、一冊の本。

 特に買った覚えのない本にレクティは眉をひそめる。

 で、よくよく考えてみると、前の休みの時に父親の部屋から片っ端から本を借りてきたことを思い出した。

 殆どは読み終わったのだが、読み終わらない本を何冊かこの研究室に持ってきたらしい。

 父親の本は大抵おもしろい物ばかりなので、何を借りたのか覚えていなかったんだとか。

 他の本は読んだ覚えがあるのだが、この本は何らかの形で本棚に紛れこんでしまったのだろう。

 そう思いつつ、パラパラと本をめくってみると、そこに書いてあったのは魔法陣と知らない文字。

 文字からしてどこかの古代文字だということは分かるが、自分にはどんなことが書いてあるのか全然分からなかった。

 本が読めないのでは仕方がないと思い、彼はその本を家に持って帰ろうと思い、本を閉じる。

 が、しかしどうやらディオが後ろから覗いていたらしい。

 彼はその本をレクティから貸して貰い、彼もまたパラパラそれを開く。

 彼はそれを閉じたと同時に、彼に言う。

 「面白そうだから、この魔方陣を書いてみないか」

 またか…、とレクティは思った。

 ディオは面白いことが好きという一面を持ち、よほどきつく言わないと収まらないという一面を持っていることを彼は知っていた。

 ディオの表情はとても楽しそうだったし、自分も興味が無いとは言えない。

 またか…と思いつつも、彼はそれに同意し…



 「つまり、描いてみて試しに魔力をそそいだら、私が降ってきた…と?」

 「ああ。」

 なるほど、つまり私はゲーム風に言うと異世界トリップした人間というものらしい。

 しかも勇者として呼び出されたわけではなく、何の用も無しにとりあえず呼んでみました的な存在なわけだ。

 なんともヤな設定である。

 「…で、ここからが問題なんだが…。」

 今までのことも十分問題だったような気がするのは、私の気のせいだろうか?

 「…何?」

 私はレクティに恐る恐る聞いてみる。

 すると彼はしばらく目線を合わせず、深く深くため息を吐く。

 …なんかとってもヤな予感がするんだけど。

 私がそんなことを思っていると、彼は意を決したように言った。

 「本の内容が分からないから…、すぐに帰すことが出来ないんだ…。」

 …

 そっか。

 彼らが頭を抱えたのは、言いよどんだのは私の帰し方が分からなかったからなんだ。

 そりゃ悩みもするよね、人一人分の人生かかってんだから。

 私がうつむき加減で微妙に深刻な顔でそんなことを考えていると、

 「で…でもな!」

 ディオが突然私の肩を掴みかかってきた。

 私は驚いて、アッパーもできない。

 彼はこう言った。

 「あくまで、『今の所』だから、帰る方法が無い…って訳じゃねーんだ!」

 レクティも、私に言った。

 「ああ、それに父上の本だからな、何か聞けば分かるかもしれない。」

 「それにたとえそれで分かんなくても、世界中に方陣魔法の研究者は沢山いる!
  俺らがそいつらに聞いて回れば、きっと帰り方は分かるはずだ!!」

 「ああ、きっと探してみせる。」

 必死に。

 彼らは本当に必死に、私に言ってくる。

 何でこんなに必死なのかなぁと思ったが、そういえば私がここに来たのは彼らのせいで。

 負い目を感じて言っているのだろうと。

 でも。

 そのまま放り出すことも出来るのに、彼らは帰り方を『探す』と言っているのだ。

 それは、優しさのかけらも無い人には出来ないことだ。

 私は微妙に苦笑しながら、彼らに言う。

 「ま、別にいいや。」

 「「…え?」」

 彼らはまた声を合わせて、驚いた表情で私の方を見た。

 …またアッパーの一つでも飛ばすかと思っていたんだろうか?

 「まぁ、幸い夏休みが始まったばっかりだったし、居る限りは楽しく生活をしてみるわ。
  こんな体験めったに出来ないしね。」

 彼らは、そんな私の言葉を、信じられないっといった表情で私を見る二人。

 あっはっはっは、驚いてる驚いてる。

 確かに普通の一般人なら泣いて怒るところなんだろうなとは思う。

 でも、私は基本的にポジティブシンキングなのだ。

 やっちゃったもんはやっちゃったし、今更考えてもしょうがない。

 彼らをせめてもしょうがないし、悩んでもしょうがないだろう。

 彼らは私の面倒は見てくれるようなことは言っているし、それならこの世界での生活を楽しまなければ損、というものだ。

 これも何かの巡り合わせ、面白そうなことを楽しまないのは私の性に合わない。

 「怒ら…ないのか?」

 と、そんな私にディオは不思議そうに聞いてくる。

 「うん、怒ったって仕方ないでしょ?やっちゃったんだしね。」

 …やっぱりアッパーの一つは覚悟していたのだろうか?

 それならかなり可愛い性格だ。

 そんな彼らに、私はさらに言葉を続ける。

 「…だから、さ。」

 私は、とびきりの笑顔を彼らに向けて、言った。

 「だから、帰るまでの責任は、きっちりとってよ?」



 彼らは、その後顔を赤くしながら、しばらく動かなかった。

 …なぜだろう?





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