第二章
 2 遺伝子ってすばらしい。



そんな感じで、私達は話し合っていた。

がしかし、ここで真面目人間レクティのツッコミが入る。

「いつまでもここで話していても、仕方がないだろう。
 家に入らないか?」

…まぁ、その意見にはいろんな意味で賛成だ。

私は異論がないのを示すために、こくりとうなずく。

ここは高級住宅街で道を行きかう人は大通りよりは少ない。

しかし、ここに住んでいる人々はおそらくあくまで上流階級とかである。

そんな中、私は人様に借りた上着を羽織ってスリッパで歩いているのだ。

いくら人が少なくなる昼時だからといって、そんな姿を見られたらマダムやら執事やらにどんなウワサを流されるか分かったものではない。

私は別にどうでもいいが、彼らは困るだろう。

ディオも同じことを思っていたのか、私の姿を一瞥してから、こくりと頷く。

いらない誤解は受けないでいる方が無難、である。

ならば早速、と思って私がレクティの家のドアに手を掛けた。

「あ、まって! お姉ちゃん!!」

私のその行動を、ミントちゃんが留めた。

「どうしたの? ミントちゃん。」

「あのね、これからカトレアのお父さんに説明しにいくんだよね?」

「…ああ、そうだが、どうかしたか?」

「それなら、私のお父さんも呼んできたほうがいいんじゃないかなぁ?」

私はその答えに目を点にした。

確かにディオも関係していることであるし、説明しておいた方がいいのだとは思う。

しかし、それを何故わざわざレクティの家まで出向いてもらって説明するのか、それが分からないのだ。

「…どうして?ミントちゃん。」

「え、だって私のお父さんだって“律極者<マスター>”だし、専門外だけど多少は協力できるかなぁ…て。」

「ああなるほど、そういうことか。」

「確かに一理あることはあるが…。」

と、彼女の説明にディオとレクティは納得したようだ。

しかし、私にはさっぱり分けが分からない。

どうやらこの世界の用語であることは分かったのだが、
こっちの常識が分からない私には「へい、マスター。いつもの。」という三流ドラマを浮かべるのが精一杯である。

貴族なディオ&ミントパパがそんなことをするはずはないだろう。

…もしそうだったら、かなりの笑い話だろうとは思うが。

「…ねぇ、<マスター>って何?」

私がそういうと、レクティが答えた。

「クリストクルセイダーの上級職…だな。」

「『クリストクルセイダー』って…さっきの所?」

「そうだ。」

「しかも上級職…ってことは、つまり偉い人?」

「ああ。」

へー、すごいんだ。ディオパパ。

貴族の上に何かは知らないが何かの会社っぽいものの上級職、家計は絶対安泰だ。

そういう人物は、ある人種においては夫にしたい人ナンバーワンである。

「あ、でもさ。上級ってことはそれ以外にも何か位があるの?
 …というか、そもそも何をするの?」

私がそう聞くと、レクティは口の所に手を添えて、少し考える。

「…そうだな、全部言うとなかなか長くなると思うから、落ち着いてから話す。」

「ああ、分かった了解。」

どうやら、結構複雑らしい。

ミントちゃんは私達の話がひと段落したのを見て、

「それじゃあ、私行くね!! また後で〜!」

そう言って、手を振りながら先ほど私達が来た方向とは逆方向へと走ってゆく。

私は、美少女は走っても絵になるなぁ、とか思いつつ、それを見る。

「…何をやっているんだ?」

私はハッとして、レクティの方を見る。

レクティとカトレアちゃんはすでに外の門を抜け、玄関の扉を開けていた。

「いや、見とれてただけ。」

彼は私がそう言うと、ため息を吐いた。

だって、金髪が風にたなびくのが、とても綺麗だ。

顔が美少女って分かっているからなおさら、である。

「ゴメンゴメン。入ろう!」

私はレクティに謝って、玄関の方へと走ってゆく。

だが、私は気が付かなかった。

「…本当に、大丈夫なのか…?」

ディオが複雑そうな顔のまま、ミントちゃんを見つめていたことを。

彼は妹の後姿に一つため息を吐いて、私に続いて歩いて玄関へと向かった。



…皆さん、遺伝子と言うのはご存知ですよね?

親から子供へ受け継がれていくという、アレです。

だから妙にそっくりな親子とかが世の中にはいるんですよ。

――――その遺伝子に、私は今日ほど感謝したことはありません。

理由はごくごく簡単。

家に入って、レクティの部屋に行き、そこから彼の父の書斎で見かけた人物、

レクティパパが、とても美形だったから。

「…ただ今帰りました、父上。」

レクティの父は書斎の上の何かの書類を見ていた瞳を、私達の方へと移した。

「整理は終ったのか? レクティ。」

「はい、すべて終りました。」

私はそんななごやかムードの中、レクティパパの方へずっと視線を投げかける。

年の頃は四十代前半で、なかなかの長身。

少し長めの髪を左側で軽く結っており、色は濡れ羽色。

厳格そうな印象を受けるダークブルーの瞳は、その顔に妙にあっていてマイナス印象を受けない。

着ているものは黒の春物セーターらしきものと同色のズボン、そして同色の肩掛け。

レクティが大人になったらこういう風になるのだろうと想像できる、

――――――はっきり言ってナイスミドルである。

「カトレアも、今日は早かったな。」

「ごきげんよう、お父様。
 今日は途中でお兄様にお会いしたので、一緒に帰ってきたのですわ。」

「そうか。」

「あ…えっと、お邪魔しています。」

「ああ、ディオルース君も来ているのか。」

「お…お久しぶりです。」

あ、ディオがちょっとどもってる。

まぁ、確かに分かるような気もする。

レクティパパの厳格オーラと言うか威厳オーラは、なかなかすごい。

いくら幼馴染に父であるとはいえ、これでは緊張してしまうのも道理だ。

私がそんなことを頷きながら思っていると、ずっと彼を見ていた視線がレクティパパのそれとぶつかった。

「…君はどちらの方だろうか…?
 初対面…のような気がするが…。」

と、彼は眉間に右手の人差し指を置いて、私に問う。

その姿は、まだ会って間もないがレクティにとても似ている、と思った。

さすが親子、である。

「あ、はい。初対面です。
 初めまして、と…アイリ=トージョーと言います。」

私は思わず名字を先に言いそうになりながらも、名乗った。

そんな私に、レクティとディオは何故か怪訝そうな視線を私に投げかけた。

私はそれを不思議に思いながらも、レクティパパに会釈する。

「聞いたことのない、不思議な名字だな。」

ファンタジー世界ではあまりありえないだろう文字配列に気づくとは、さすがレクティパパである。

「私はシティローク=トリーティア。レクティとカトレアの父親だ。」

彼は私に答えるかのように、そう言った。

「…父上、実はそのことで申し上げたいことがあるのですが…。」

レクティが一歩前に出て、彼に言う。

シティロークさんはその雰囲気に気づいて、よりいっそう真面目な表情をしてレクティを見つめた。

そのまま、辺りが静寂に包まれる…


――――――はずだった。


「どこだ?! オレの”アイリ”ちゃん!!」


ドガッ!!


沈黙を破って叩きつけられるように開いたドアの方を、その場に居た全員がいっせいに振り返った。

そこにいたのは、長身の男性。

年のころはシティロークさんと同じ位で、癖のある金髪を短くしている。

野性味を感じさせる瞳は、赤褐色。

服装は、ダークグリーンのジャケットのようなものの上に、ベルトの部分で止めた白い布のようなものを着ており、下は白のゆったりとしたズボンと黒のブーツ。

左頬の一筋の傷が印象的な、ワイルド系中年美形おじ様である。

…まぁ、美形なのはいい。

寧ろ私としては大歓迎だ。

しかし、何故私の名前を、『オレの』付きで大声で呼んだのだのか、それが気になる。

「…アス?」

どうやらシティロークさんの知り合いらしく、呆然としながらも彼は声をかけた。

彼はそのままずんずんとシティロークさんに詰め寄っていく。

「シーク!! “アイリ”ちゃんはどこだ?!」

シティロークさんは、聞かれて反射的に私のほうを指差した。

彼は猛スピードで私のほうへと振り返る。

そして何故か、私を見て瞳をキラキラ輝かせた。

…大の大人であるのに、その様子は少し面白い。

私がそんなことを思っているとは露とも知らず、彼は私の目の前まで歩いてきて、

「君…が“アイリ”ちゃん?」

と、聞いてくる。

私は少々不審に思った。

名乗ってもいない相手に名前を知られているのである。

某電話勧誘並みに不気味でヤな気分である。

…電話の場合、私は問答無用で電話を切るが。

が、しかしこの場合面と向かってである。

シティロークさんと知り合いであるようだし、まぁウソを言う必要もないだろう。

「そうですけど、何か用ですか?」

私は素直に、そう答えた。

それがいけなかった。

彼はその台詞に一度ガッツポーズをとる。

私はそれを、心底不思議に思ってただ見ていた。

その隙に、私は彼に右腕を引っ張られた。

「?! ちょ…!!」

そしてそのまま、私は彼の腕の中に閉じ込められてしまったのだ。

私は反射的に逃げようとするが、男の力は強くて私には振りほどけない。

「君みたいなかわいい娘が…、オレは嬉しいぞ!!」

「え、や…あなたの方が美形だと思うんですけど?!」

本日二度目の乙女としておいしいシーンに、私の脳は混乱していて、妙な答えを返してしまう。

しかし、その答えに何の疑問も抱かず、

「そーかそーか、それは嬉しいこった!!」

そう言って、ますます私を抱きしめる力を強くした。

そして、彼は次にとんでもないことを言ったのだ。

「会えてよかった!! 我が家の嫁!!」

「はい?!」

私は彼の言ったことを聞いて耳を疑った。

見ず知らずの中年男性から『我が家の嫁』呼ばわりされたのである。

驚くなと言った方が理不尽というものだ。

「って、ちょっと待てっ!!」

そんな私の素っ頓狂な声に送れて、ツッコミの申し子・ディオが思わず割って入る。

抱きしめられているせいで表情は分からないが、男はディオの方を見て、とても嬉しそうな声で、

「おお、ディオ! なんだいたのか!」

「実の息子の顔ぐらい、一番先に見つけやがれっ!!」

そういって、彼はそのままつかつかと歩いてきながら、私とその男をベリッと引き離し自分の方へと引き寄せる。

…ちょっと待て。

彼は今彼に向かって、自分を「実の息子」と言っていなかったか?

「この人ディオの父親?!」

私は思わず叫んでしまう。

ディオはそんな私の行動に気を悪くもせず、

「…ああ、本名アスガルド=ローレンシア。正真正銘オレの父親だ!
 …残念ながらな…。」

「こらディオ!残念とはなんだ、残念とは!!」

ディオの様子に、今度はディオパパ・アスガルドさんが憤慨する。

私は驚きながらも、二人の顔を見比べた。

…こうしてみると、確かに似ている。

金髪といい活発そうな印象と言い、顔立ちなどはかなりそっくりだ。

レクティとシティロークさんにもいえることだが、ここまで美形を後世に伝えてくれるとは…。

ビバ・遺伝子である。

「だってそうだろうが?! あんな妙な登場の仕方じゃ、誰でも紹介したくねぇ!!」

「派手な登場は父さんの十八番だからなぁ…。」

「そんな十八番いるか!!」

「うっわ、お前オレの息子の癖にえらいいいようだな。
 …あ、なら残りの得意の十七番もついでに聞いとくか?」

「そんなもん、聞きたくもない!!」

「あーもー反抗期でちゅね〜、ディオたんは〜。」

「な…!! オレをおちょくるな! バカ親父!!」

「ハッ、そんなの今に始まったことじゃねーだろ?」

「開き直るなっ!!」

私はこんなディオとアスガルドさんの漫才を聞いて、あることに気がついた。

ディオのツッコミは、こうして磨かれていったのではないか、と。

会話を聞いている限り、アスガルドパパは明らかにボケ気質である。

それをディオのもともとの性格気質でツッコまずには居られずに、ついにはあのように漫才コンビのツッコミ役としての才能を開花させてしまったのではないだろうか。

思えば、ミントちゃんもボケ気質だったし。

――――――もしそれが事実なら、かなり悲しい特技かもしれない。

「だいたい、何でコイツが『我が家の嫁』になんだよ?!」

そう言って、彼は空いているほうの手で私を指差す。

指を指されるのはかなりむかつくが…、まぁ今回はこれ以上何かしたらもっとややこしくなると思うので、目をつぶっておこう。

感謝してね、ディオ。

「なんでって…お前の彼女だろう?」

「「はい?!」」

私とディオの声が、思わず重なった。

まさかそんな風にとられているとは思っても見なかったので。

「…違うのか?」

「違うにきまってんだろ?! 何でそんなことになってんだよ!!」

「いや、ミントが『お姉ちゃんが出来た』って…。」

「あぁ!!またアイツが言い足りなかったせいかよ…。
 …やっぱり一人で行かすんじゃなかった…。」

彼はそのまま、盛大にため息を吐いた。

ツッコミ疲れしたのかもしれない。

…もしそうなら、半分以上が私のせいであるが。

「本当に違うのか?」

私は気がついて、声のした方向に視線を向ける。

すると、アスガルドさんが私の方をじっと見つめていた。

…大人なのに、微妙に犬を連想させるのは何故だろう?

「本当に、彼女じゃねぇのか?」

「あー、はい。そうですねぇ。」

私は、苦笑いを浮かべながら、そう答えた。

今この状態ではあまり説得力がないかもしれないが。

すると彼は残念そうにため息を吐いて、しゃがみこんで頭に手を置いた。

「そっか…、あ〜…残念だ! アイリちゃんみたいなかわいい嫁が欲しかった!!」

と、少し残念そうな大き目の声音で言う。

「ミントちゃんの方が可愛いじゃないですか。」

私が思ったことを口にしてみると、アスガルドさんは立ち上がって、私の顔をまじまじと覗き込む。

微妙に照れるが、目線をそらすのも癪なので、私もアスガルドさんを見上げ続けた。

「……ってない。」

「へ?」

彼の言ったことを聞き取れず、私は思わず聞き返す。

しかし彼は、

「…いや、何でもない。」

と言って、何も言ってくれなかった。

…こっちとしてはかなり気になるのですが…。

「それより、本当に本当だよな?」

アスガルドさんは、私の肩を掴んで再度聞いてくる。

―――――本当ですって。

私がそういう前に、別の声が乱入してきた。

「アス、しつこいぞ。」

私は驚いて、声のした方向を振り向く。

すると、そこにはシティロークさんがいた。

さすがレクティの父親である、ツッコミもキレがよくて冷静だ。

そんなことを思っていると、今度は何故かシティロークさんが私の左手を引っ張って、ベリッとローレンシア親子の下から引き離して自分の方へと引き寄せる。

私は彼のそんな行動に、ただただ呆然と見上げた。

「えっと…。」

彼が何のためにこんなことをしたのか、私には分からない。

まさか私に一目ぼれ…なんてことはありえないだろうし。

彼は戸惑っている私に微笑みかけて(かなりカッコよかった)、再度ローレンシア親子に向き直る。

「それに…アイリさんは私のレクティの彼女だ。」

って、オイオイオイオイ!!

アスガルドさんは、その答えに驚いてシティロークさんに問う。

「!!そうなのか?!」

「ああ。」

「うっわ、それはひでぇ勘違いをしたな…。
 ゴメンな、アイリちゃん。」

「え?や…う?」

私はなんと言ったら分からず、ただただ妙な言葉を発音し続けた。

「って、父上それも間違ってます!!」

ここで、少々遅めのレクティのツッコミが入った。

何も言わなかったらこのままボケ通して本当に私と結婚させられそうだ、と思ったのかもしれない。

私も、まだ知り合って一日目の人と結婚するのはいくら美形だからと言っても御免である。

「…そうなのか?」

シティロークさんはキョトーンとしながら私に聞いてくる。

「…はい。」

私はまたもや苦笑いしながら、彼に答えた。

…前言撤回。

――――――レクティの父親、シティロークさんはなかなかの天然ボケである。





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