第二章
 5 それぞれの旅立ち。



時は次の日、午前九時。

クリストクルセイダー本部の学園区域にある訓練場。

同じ敷地内でディオとレクティとその他大勢の卒業式が行われている中、
私とミントちゃんとカトレアちゃんは件のデコと愉快な下僕達と相見えていた。

「ふ…よく恐れずに来れたな。 ほめてやる。」

あくまで偉そうなデコは、悪役顔負けな不敵な笑みを浮かべる。

…いや、私達にとってはバッチリ悪役だけど。

ミントちゃんとカトレアちゃん、もうすでに険悪ムードだしね。

私はそんな彼に負けじと同じような感じの笑みを浮かべる。

「…あなた、大丈夫?」

「…何がだ?」

とても嫌そうに聞いてくる彼の方に向かって、私はただビシッと人差し指を向けた。

「昨日よりもハゲげてるわよ!!」

「「「「ブッ!!!」」」」

私の言ったセリフに、私とデコ以外の人間が思わず噴出した。

もちろんすべて視線はすでに彼のおでこへと向けられている。

…昨日は前髪を下ろしていたからちょっとまずいかなぁと思う程度だった。

私の可愛い美少女達をいじめるから、仕返ししてやりたかったという思いも確かにあったけど、言うつもりは無かった。

しかし、今日の髪型はなぜかオールバック。

M字型禿予備軍なそのデコを惜しみも無くさらしていいるのだ。

これを私がツッコミ入れずに誰が入れると言うのだろう。

まさに私の為に用意されたネタではないか!

そんな誘惑に、私は耐え切れなかったのである。

…まぁでも、私でなくとも心の中では誰もがツッコミを入れているだろう。

じゃなかったら、皆噴出さないだろうし。

デコははじめ私が何を言ったか分からなかったらしいが、徐々にその顔色を変えていった。

余裕から憤怒の表情へと。

「…俺はハゲてなどいない!!」

「十分予備軍よ? デコッチ!!」

「そんなことあるか…って、何だその呼び方は?!」

「あれ、気に入らなかった? じゃあハゲッチって呼ぶわ!!」

「何でそうなるんだっ!!」

ムキーとかそんな効果音が合いそうなほど、彼は頭に血を上らせいるようだった。

その様子が面白いのか、周りの四人の笑い声は次第に大きくなり、今はもう大爆笑の域である。

いやぁ、大成功大成功。

笑わそうとは思ったけど、ここまで大爆笑してくれるとは思わなかったわ。

やっぱりハゲネタは全人類共通の笑のネタね。

私がそんなことを思っていると、デコはようやく自分の下僕達が笑っているのに気がついたのか、
二人の方を憤怒の表情のまま見て頭を殴った。

二人はその殴られた後頭部を手で抑える。

…笑の代償は高かったらしい。

「暴力で何でも解決すると、そのうち人望無くすぜ? デコッチ。」

「うるさいっ! 大体キサマが悪いんだろうが! いい加減名前で呼べっ!!」

「え…トースターだっけ?」

「レスターだっ!!」

「…まぁいいじゃん。 どっちも変わんないって。」

「変わるに決まってるだろう?!」

「え〜? わがままだなぁ…。」

「それはキサマだろうがっ!!」

全力で私にツッコミを入れてくるデコ。

ディオやレクティほどではないが、中々的確なツッコミである。

これで悪人じゃなかったら、将来有望なのだが。

…非常に残念である。

「いいじゃん別に。 デコなのには変わりないし?」

「人が気にするようなことを言うなと言っているんだっ!」

あ、気にしてるんだ。

そういえば、ディオも男にデコはキツいとか何とか言ってたしね。

道理でいい反応が返ってくるはずだ。

私は納得してウンウン頷きながら、そろそろ先に進めないと私の性格上日が暮れると思って口を開こうとした。

しかし、私が次の言葉を発するより前に、

「…ねぇ、レスター。」

と、彼に向かって声をかける人が一人。

金髪美少女な心のマイシスター・ミントちゃんである。

「…何だ?」

レスターは今までの怒りはどこへやら、いたって冷静に彼女に返事を返す。

ミントちゃんはそんな彼ににっこりと笑いながら言った。

「そんなに気になるなら、剃っちゃえばいいんじゃない?」

あたりが一瞬静寂に包まれる。

…彼女の性格上悪気は無いのだろう。

今だって何で皆が黙ってしまったのか分からず、あたりを見回しているし。

しかし、彼にとっては精神ダメージ以外の何者でもないし、私達にとっては笑いを誘うタネである。

彼が我に返って怒りで肩を震わせる中、私達はまた笑いの渦に包まれるのだった。



同時刻、クリストクルセイダー修士任命式会場。

『これで第213期修士任命式を終了いたします。』

会場内に魔法によって増幅された声が響き渡った後、たっぷり三秒くらい経ってからあたりは歓声に包まれた。

今年度の修士に任命された者、ようするに学園の卒業者達の喜びの声だ。

これからの将来についての期待も混ざっているその声は、聞いている方としても微笑ましい。

そんな歓声の中の一番前に、ディオとレクティは佇んでいた。

「レクティ、元気か?」

「…さっき壇上で顔を付き合わせたばかりだろう、ディオ?」

ちょっとあきれ気味にため息をつくレクティに、ディオは笑いかける。

「いや、さすがに代表の演説は疲れたかと思ってな。」

「ディオも僕の前に同じ事をしていただろう。」

「前座とトリじゃ疲れ度合いが違うんだよ。」

まぁお前は慣れてるんだろうがな、と言うディオにレクティは少し微笑む。

「確かに生徒のための行事以外は君は出たがらないから、
 こういった真面目なことは僕にいつもお鉢が回ってきているから慣れたが?」

「…それ、嫌味か?」

レクティを睨みながら言うディオに、彼はその表情のまま、

「まさか。 君がこういうのが苦手なことは十分承知しているからな。」

「…そうか。」

ディオは安心したように、同じように微笑んだ。

「しっかし、長いようで短かったな、六年間。」

レクティは昔を思い出すようにため息を吐く。

「まったくだな…、初めの頃は僕が君に勉強を教えていたから余計に長く感じた。」

「って、それやっぱり嫌味だろう?」

「さて、どうだか。」

フッと笑うレクティに、ディオは今度はため息を吐く。

「ま、主席で卒業の上に魔法部門で“ファースト”、おめでとう。」

「初めから魔法は得意分野だったしな。
 それより、ディオも次席で戦技学で“ファースト”だろう? すごいじゃないか。
 戦技学で今年のクリストクルセイダー卒業生の中で全国一位を取ることは、僕には無理だ。」

ディオはその言葉に曖昧に笑った。

レクティはなぜそんな顔をしたのか分からなかったが、

「オレも、どの教科よりも初めから得意だったからな。」

と、ディオがすぐに微笑みを浮かべたので何も言わない。

「お互い得意分野が違うだけということだな。」

そう言って彼はフッと笑みを漏らした。

ディオも、今度こそ本当に笑う。

支えあい競い合ってきた二人。

ライバルであると同時に親友である二人。

それが今日、門出を迎えたのだ。

進む道はまだとりあえず同じであるが、今日がひとつの節目であるのは変わりない。

無事卒業できた喜びと、これからもよろしくの思いをこめて二人は笑いあったのだ。

そこに、

「お〜い、ディオ!! レクティ!!」

ディオとレクティは振り返る。

かけられた声はここ三年間慣れ親しんできた声だったから。

案の定、そこにいたのは三年前からのクラスメイトの姿。

「よ、全国一位のお二人さんっ!!」

「よ、学校内ブービー。」

「よく卒業できたな。」

「うっわ、お前らヒデェッ!!」

クラスメイトはそう言うが、顔が笑っていたので大して気にしていないだろう。

それを分かっているからディオとレクティもあんなことを言ったのだ。

これが彼らの中の友情というやつなんだろう。

「いいよなぁー、おれじゃあ校内一位でさえ手も届かねぇし。」

「校内平均も取れてないだろ、お前。」

「…ははは、まぁでも戦技学ではレクティと同じくらいだったし…。」

「僕は魔術師志望だが、君は王宮騎士希望だろう?」

「ああ、そういえばそうだな。 …大丈夫か?」

「真面目な顔して聞くなっ! ディオ!!」

ちょっと焦った様に叫ぶクラスメイトを見て、二人は笑った。

クラスメイトは笑った二人を見てようやくからかわれたことを気づき、ちょっと落ち込む。

ディオとレクティはそんな彼の様子に、顔を見合わせる。

「…まぁ、君ならがんばれば大丈夫だ。」

「オレらが保障してやるよ。」

「ディオ…レクティ…。」

ああ、だからお前ら好きだ!! とか言いながら彼が抱きつこうとしてきたので、
ディオとレクティは左右に分かれてよける。

クラスメイトは彼らの行動に、またちょっと落ち込んだ。

「…で、何の用だ?」

レクティはこのままいったら果てしなく落ち込みそうだと思い、声をかける。

クラスメイトはその声に、はっと気がつき顔を上げた。

「そうそう、今からクラスの皆でパーティやろうって話になってさ。
 二人とも、もちろん来るよな?」

先ほどの落ち込みはどこへやら、彼は満面の笑みで彼らに問う。

「ああ、僕は構わない。」

レクティがそう言うと、彼はさらに笑顔になった。

「やりぃ!! ディオも来るだろ?」

彼が当然そうなるだろうと思って彼に視線を向ける。

しかしディオの表情は難しそうにゆがめられていた。

「…来れないのか?」

クラスメイトは表情から想像した答えをそのまま口に出す。

ディオは残念そうな彼にあわてて声をかけた。

「いや、そういうわけじゃないんだが…。」

「…『だが』?」

「ちょっと用事、というか気になる事があってな。
 …それが終わってからでもいいか?」

「…用事?」

レクティはその言葉に眉をひそめた。

卒業式の次の日は旅立ちの日だから何も予定をいれずに皆との別れを惜しもう。

そう言い出したのは彼のほうだったから。

クラスメイトはその台詞を聞いて、すぐに微笑んだ。

「ああいいぜ! 来てくれるならな!!
 …でも用事っていったいなんだ?」

心底不思議そうに聞いてくる彼に、彼は疲れたような笑みを浮かべる。

「…ちょっとな…バカ娘が…。」

「バカ娘…ってミントちゃん?」

「いや、…まぁ含まれると言ったら含まれてるが、正確には違うな。」

曖昧に言うディオに、クラスメイトは頭にハプニングマークを浮かべる。

一方、レクティはしばらく考えた後、ここ数日に会ったばかりなのに相当妙な女の子のことを思い当たる。

「…まさか、あいつか?」

というかこれ以外ないだろうと思いつつも、ディオに問う。

ディオはそんなレクティに向かって意味ありげな視線を送り、

「多分合ってると思うぜ?」

と、言った。

多分思い浮かべた人物は同じだろうと思って。

レクティは自分の妹達と自宅か町でおとなしくしているしているはずの彼女を思い浮かべてため息をついた。

彼が何を知っているかは知らないが、彼女なら何かやらかしそうではある。

「すまないが…。」

「ん? 何だ?」

レクティはクラスメイトに声をかけた。

彼はわけが分からず、不思議そうに彼を見た。

「僕も少し遅くなる。 …いいか?」



彼らは会場を後にし、ディオはひたすら訓練場を目指した。

「で、アイリは何をしようとしているんだ?」

レクティはそれについて行き、呆れながらディオに問う。

ディオはそんな彼に曖昧に微笑んだ。

「いや…まぁ首謀者はアイリなんだろうけど、
 ミントとカトレアも関わってるらしいぞ?」

「は?」

その答えは予想外だったのか、彼は驚いたような声を上げる。

「…会ったばかりですぐ仲良くなったのは知っているが…、何をしようとしているんだ…?」

ディオはレクティがいる後ろを振り向きながら、しかし歩みを遅くしないで彼に問う。

「決闘、だとさ。」

「はぁ?」

レクティはさらに驚きながらも、けして歩みは止めなかった。

「…誰と?」

「それはオレも知らない。」

ディオはため息をついた。

レクティはそれ以上何を言っても彼から答えは得られそうに無かったので、黙ってついてゆく。

すると、やがて目の前にある建物が目に入った。

ディオが目指していた、訓練場である。

彼はその建物の近くに寄り、小さな窓へと寄る。

もちろん体が中から見えないように、下から覗き込む。

レクティも黙って彼に倣ってそうした。

中で行われている光景に、彼は思わず眉をひそめた。

「…何の決闘をしているんだ?」

彼の目に広がっているのは、ディオの妹のミントと誰かが向き合って話している、というか怒鳴りあってる姿だった。

「…確か魔法と学問と模擬試合の三試合だと言っていたが…多分学問じゃないか?」

彼は自分の妹が悔しそうに下がっていくのを見て、舌打ちしながらレクティに答える。

「負けたらしいな。」

「あいつは初めの俺に似て苦手だからな、勉強。」

苦笑いしながら答えるディオ。

レクティは昔の彼でも思い出したか、フッと微笑んだ。

「で、次は何の試合だ?」

「…次で最後なら、多分模擬試合。」

「…推測だらけだな。 なぜそう思う?」

彼は先ほどのレクティのように微笑んで、こう答えた。

「主役は最後に登場する、そういうもんだろ?」



「これで一対一ですわね。」

カトレアちゃんはその試合の結末を見ながらそう答えた。

私は彼女にこっくりとうなずいた。

第一試合はカトレアちゃんと相手の下僕その一のマッチョの魔法での試合だった。

結界を張ってお互いのそれにぶつけ合い、線を越えたら勝ちというものだった。

魔法は初めて見たのだが…基礎知識を知らない私にはまったく分からない。

後で基礎だけでもディオとレクティに教えてもらおうと思う。

…で、その競技はカトレアちゃんの勝利で終わった。

で、第二試合の今はミントちゃんと下僕その二であるメガネ君との学問の試合。

お互いに問題を出し合って、先に答えられなかったほうが負けというルールだ。

これは先ほど決着がついて、ミントちゃんが負けてしまった。

ミントちゃんは負けたことにショックを受けてか、とぼとぼとこっちに帰ってくる。

「ごめんなさい!! 負けちゃった…。」

すまなそうに顔を下げながら彼女は言った。

私はそんな彼女を思わず抱きしめる。

「いいのよ!! ミントちゃんはがんばったわっ!!」

「お姉ちゃん…。」

ミントちゃんはちょっと微笑んで私を見た。

ああ、もうなんて可愛いんでしょ!

私がそう思って抱きしめる力を強くすると、

「女同士で抱きあうなんて、気色悪い。」

と、心底毛嫌いしている男の声が一人。

言っているのはもちろんデコだ。

「あんたみたいの抱きしめるより、よっぽどお得だし。
 ていうか、比べるだけミントちゃんに失礼?」

「…ま、オレもお前に抱きしめられたいとは思っていないがな。」

「あ、そう。 奇遇ねぇ。」

あくまで余裕の微笑で、私は彼に対応する。

抱きしめられたいと思っていたらそれはそれで嫌だし。

「…まぁ、どうでもいい。
 それより、早く武器を取れ。」

彼は今まで後ろにおいてあった細身の剣、おそらくレイピアを手に取った。

「…って…、え? あんたが相手?!」

私は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「…他に誰もいないだろう?」

デコは呆れたような声を出す。

…まぁ、考えてみたらそうだ。

下僕の二人はとっくに試合が終わっていて、残りは親玉・デコリンのみ。

私の相手になるのは、ミントちゃんの試合が始まった時点で分かりそうなものだ。

「…あぁ、はいはい。」

私はちょっとうんざりしながら、自分で持ってきた武器を手に取る。

刃渡り八十センチほどのシャムシール。

形状が日本刀にちょっと似ているから、ちょっとディオ家から拝借してきた。

もちろん刃は潰してあるものを選んでいる。

危ないからね、当たると。

私はそれを鞘ごと手にとり、左手に持って前へと出た。

すると彼も獲物を持って私と同じように進む。

そして五メートルほど離れたときにお互いにピタッと止まり、向き合う。

「試合方法は武器での模擬戦闘。
 戦闘不能になるか参ったと意思表示するまで続ける。
 …それでいいか?」

「…なんか物騒なルールだけど、いいわよ。
 私が負けるはずないし?」

私が笑いながら言うと、彼は不敵に微笑む。

ああ、何か企んでるなコイツと思いながらも、私は構える。

「…抜け。」

彼は自分の剣を抜き放ちながら、私に言う。

私はそんな彼を、いや正確に言うと彼の剣を見ながら言った。

なるほど、と思って。

確かに、そういう企みは悪役らしい。

「このままでいいわ。」

私は右手でシャムシールの柄を握らず、自然体でいた。

彼はそんな私をピクッと眉を吊り上げながら見る。

彼はそのまま剣を真正面に構え、私を睨みつけると同時に言い放つ。

「――――――――行くぞっ!!」



「ほらな、あいつだっただろう?」

ディオとレクティは愛璃の姿をみながら言う。

「…まぁ彼女に学問だとか魔法だとかはできないだろうしな。 それに頭より体を動かす方が得意そうだ。」

レクティはため息を吐いた。

ディオはコイツも意外に分かってるな、と思いながら彼らの姿を見る。

「…しかし。」

「何だ?」

「大丈夫なのか? 彼女はちゃんと戦えるのか?」

ディオはレクティのセリフに、しばしきょとんとしながら言った。

「大丈夫だろうな。」

「…なぜそういいきれるんだ?」

「ああ、それは…?!」

ディオは先に続けようとして、突然止まる。

レクティにはそれがなぜか分からずに、彼をただ見ていた。

「どうしたんだ? ディオ…。」

「…あいつ…。」

ただそう言ったディオの言葉では分からず、とりあえずレクティはディオと同じ方向を見た。

そこにいたのは、当然先ほど話題に上った愛璃と対戦相手。

もうすぐ始まるのか、相手の方はすでに剣を構えていた。

レクティはそれを黙ってみているうちに、あることに気がつく。

模擬試合にしてはあってはならない、あることに。

「…ディオ…あれは…!」

「…ああ、あれはおそらく。」

相手が愛璃にそれを振り下ろそうとした瞬間、彼はポツリとつぶやいた。

「真剣だ。」



私は、動かなかった。

動かないで、スカートが切り裂かれる瞬間を見ていた。

「…?!」

「うそ?! 真剣?!!」

私の後ろのほうで、ミントちゃんとカトレアちゃんの驚きの声が上がった。

「レスター! どういうことですの?!」

カトレアちゃんが彼に向かって叫ぶと、彼は下衆な笑みを浮かべて、こう答える。

「あれ、誰が真剣を禁止したんだ?
 そんなことは一言も言っていないだろう?」

まさにその顔は悪意に満ちていて、彼の悪人要素をさらに増やすのに一役買っている。

「そ…んな…!!」

「卑怯よ!!」

二人が非難の声を上げても、何を言ってもどこ吹く風である。

さらに彼の後ろにいる下僕二人も笑っているから、あらかじめ仕組んでいたことだろう。

やっぱり、という感じである。

「確かに、そうね。」

「アイリ様?!」

私はフゥ…と息を吐いて、言った。

カトレアちゃんが驚いたような声を上げるが、気にしない。

「確かに、何も言ってないわ。」

「だろう? なら問題ないだろう?
 それとも、怖いなら降参するか?」

彼に浮かんでいるのは、相変わらず余裕の微笑み。

確かに一般人ならここで引いたほうが無難だろう。

こっちは刃を潰していて、相手は真剣だ。

こっちの方が分が悪いことくらい、目に見えている。

しかし、そんな不利な状況にも関わらず、

私は彼に向かってただ微笑んだ。

「別に、問題ないわよ?」

今度は、彼が怪訝な表情をする番だった。

彼が持っているのが真剣だと知って私が驚くとでも思ったのだろう。

しかし私は驚きもせず、笑っている。

それが彼の予想範疇外だったのだ。

しかし何か思い直したのか、すぐに先ほどと同じ構えを取る。

私はそんな彼を見て、表情を引き締めた。

先ほどのことを考えると、すぐに仕掛けてくるだろうから。

案の定その直後、彼は再び私の元へと刃を振り下ろす。

しかし、私はそれを見ても足を動かさなかった。

彼は悪役宜しく笑みを浮かべた。

勝った、そう思ったのだろう。

彼はそのまま勢いよく、刃を振り下ろす。


だがしかし、彼の刃が私を貫くことは無かった――――



「なっ!!」

レクティは驚きの声を上げる。

目の前で繰り広げられる、ありえない光景に。

試合は一方的に相手の男が真剣で愛璃に打ち込んでいた。

しかし、それのすべての攻撃が、彼女に当たっていないのである。

彼女はまったく攻撃していないから、よけるので手一杯なのか。

見ていた当初はそう思った。

だが、あることに気がついてその考えは変わる。

愛璃は、初め立っていた場所から数歩も動いていないのである。

数歩動くだけで、体を捻るだけですべてをかわしているのだ。

「…一体?!」

「驚いたか?」

レクティの驚きを隠せない声に、ディオはその試合を食い入るように見ながら声をかける。

「ディオは知っていたのか?!」

レクティはディオの口ぶりから、思わず彼に問いかける。

すると彼は目線を彼女からはずさずに、

「ああ。」

と答えた。

「昨日、あいつ復習するために一人で外に出ようとしてな、
 オレが引きとめようと思ったんだが、言うこと聞きそうも無いだろう?
 だから練習がてら、一緒に十本勝負してみたんだが…かなり驚かされた。」

「…何がだ?」

彼は嬉しそうだがどこか悔しさの混じる瞳で、ただ彼女を見ていた。

「オレの攻撃が、一度もあたらなかったんだ。」

「?!」

レクティはあまりといてばあまりの言葉に、思わず声を詰まらせる。

ディオは先ほど言ったように、今年の卒業生の中では接近戦は随一だ。

そんな彼の攻撃をかすりもさせない愛璃。

なら、彼女は何者だと言うのか。

彼の頭にはその疑問が浮かんでいた。



私はまだ剣を抜いていなかった。

抜かなくてもどこに入れてくるか、分かったから。

初めだって、大体分かっていた。

こういう相手は最初に脅すのが好きなのである。

ならば本人を傷つけることが無い部分、髪の毛とかスカートとかと相場は決まっている。

それにもし外れても、私ならかわせると思っていたし。

だから、そのまま立っていたのだが、結果は案の定である。

髪を切られなかっただけまだましだが、これはミントちゃんからの借り物である。

その件について、私は少なからず怒っていた。

私が動かなかったのが悪かったとはいえ、端のほうだったとはいえ、切り裂いたのは彼である。

だから決めたのだ。

けして刃は合わせてやらないと。

そうすれば、相手はかなりの確立で苛立ってくるだろうから。

私はまたも繰り広げられた一撃を、体を右に捻るだけでかわす。

すると彼が舌打ちしたのが見えた。

まったくあたらないので、予想通り相当苛立っている様である。

私の顔面に繰り広げられた突きを、私は後ろに飛んでかわす。

そして彼はその攻撃も当たらなかったことに対してまたも舌打ちし、一度構えなおした。

「…キサマ!! 剣を抜け!!」

私はそんな彼にただ微笑んだ。

「いつ抜くかなんて、私の勝手でしょ?」

「!!」

彼は私が言ったことに対してか、顔を赤く染め上げる。

「オレを愚弄する気か?!」

「あ〜…ある意味そうかもね?」

「キサマッ!!」

彼は今までもっとも強烈な斬撃を私に向かって打ち込む。

私はそれを体を右に捻ってよけるが、続いてそのよけた方向に返しの刃が来る。

しかし、それも予想のうちだ。

私はそれを焦らず後ろに飛んで、次に来るであろう突きの攻撃に対応するためにバランスをしっかり保つ。

案の上きた突きの攻撃を、私は今度は左に体を捻りよける。

デコはまたもかわされたことで眉もひそめるも、このまま攻撃を仕掛けるのは不利と悟ってか後ろにとんだ。

しかし、私はそれを狙っていたのだ。

彼は後ろに下がると、毎回剣を持ち直して構えなおす。

その瞬間が、彼にとって一番無防備な時だった。

私は後ろへと下がる彼に向かっていき、懐へと侵入した。

すべてががら空きで、踏み込むのは用意だった。

彼は驚いたような表情を浮かべるが、一瞬のことで体が動かない。

そうなることも計算済みである。

私は自分が思っていた通りに、彼に向かって手を突き出した。

剣を鞘にしまっているとはいえ握っている左手、では無くて手刀にした右手を。

そして私はそのまま彼の右手、剣を支えている軸手の手首に向かって振り下ろす。

「ッ?!」


カラァンッ!!


彼はたまらず、剣を床に落とした。

私はそれを左足で蹴り上げて、ちょうどカトレアちゃんの方へと飛ばす。

相手は、さらに動こうと後ろに下がろうとした。

しかし、あいにく後ろはもう壁である。

彼は壁に背があたったのに驚きの表情を浮かべる。

私は、そんな彼に向かってようやく剣を抜いた。

そしてある場所に、それを突きつける。

―――――しばらく、そのまま時が止まった。

何が起こったか彼にはわからなかったのだろう。

「…さて、降参でいい?」

彼は私の言葉を聞いて、冷や汗を浮かべながらこっくりとうなずいだ。

彼ののど元へと向けられた、私の刃を潰した剣を凝視してながら。



「本当に行っちゃうんだな…アイリちゃん。」

残念そうに、アスガルドさんは私に向かって言う。

私は苦笑しながら、

「はい、行かなきゃ帰れませんから。」

と言った。

―――――― 決戦したあの日。

二対一でデコと下僕達に勝った私達は、彼らに命令する権利を得た。

しかし、彼女達は命令するようなことが何も無いと言うことなので、私に一任してきた。

その場にいたディオ達も出て来たのだが、彼らはそもそもその人たちのことを知らならしく、何も言わない。

だから私は、デコにスキンヘッドになることを命じ、今日に至った。

とうとう、私とディオとレクティが旅立つ日になったというわけだ。

「お姉ちゃん…。」

「…ミントちゃん。」

私が彼女に向かって微笑むと、彼女の顔はゆがんだ。

「…寂しいよ…。」

今にも泣き出しそうな彼女を、私は抱きしめる。

そりゃ、私だって美少女を悲しませたくは無い。

笑ってくれるならそばにでも何でもいてやりたいと言うのが本音だ。

でも、彼女は学生でここを離れられないし、旅に出なきゃ元の世界に帰る方法は分からない。

それじゃあ、あっちに残してきた裕璃の心労がたまる一方である。

だから私は後ろ髪を引かれる思いをしながらも、予定通り旅に出ることを選んだ。

「ごめんね、ミントちゃん。」

「…ううん、そうだもんね。 最初から分かってたことだもんね。」

ミントちゃんはそういいながら、いじらしく微笑んでみせる。

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん。」

「…可愛いっ!! 百点!」

「って何の点数だよオイっ!!」

私の後方からツッコミを入れているのは、いつも通りディオ。

私はディオを見ながら、微笑んだ。

「決まってるでしょ? 美少女点数よっ!」

「ああ、そうかよ。」

彼は疲れたような答えを返した。

そして自分の父親に向かって視線を移す。

「行ってくる。」

その表情は先ほどと違ってとてもまともだ。

アスガルドさんはディオに向かって不敵に微笑んだ。

「ああ、アイリちゃんを守ってやれよ?」

ディオはその言葉にちょっと苦笑しながら、

「…多分必要ないと思うけど、分かった。」

と言った。



あの決戦が終わり、家に帰るとき。

カトレアちゃんとミントちゃんは他男子達と卒業式の時にそんなことをしていたため先生方に怒られ、私とディオとレクティで帰っていた。

そんな中、私はレクティに聞かれたのだ。

「…アイリ。」

「ん? 何?」

私は突然声をかけてきたレクティの方へと視線を移す。

私が先頭を歩いていたので、自然と後ろを振り返る形で。

「なぜ君はあんなに剣術がうまいんだ?」

ディオに聞いても知らないと答えるから聞いてみた、と彼は言う。

ああ、なるほどそのことね。

確かに女の子があんなに戦いなれてたら、誰でも疑問を覚えるわ。

そう思って、私がディオの方を振り向くと、彼も同じ疑問を持っているのか私の方を見ている。

私は、別に隠すようなことじゃないから、はっきりと答えた。

「おじいちゃんが、居合い道場やってて、そこで習ったの。
 因みに師範代。」

「しは…?!」

私の素性にびっくりしたのか、彼らは口をあんぐりあけた。

…まぁ、目の前の十六歳の小娘が師範代だって言われても、普通は信じないよねぇ。

いまだに自分でも違和感あるし。

「だから、戦闘面でも役に立てるとは思うよ?」

私がにっこり笑いながら言った。

そんな私を見て、彼らはお互いの顔を見合わせて苦笑いしていた。



と言うことで、彼は私が相当強いといことを分かっていたから、彼は微妙に微笑んだのだろう。

まぁ、気持ちが分からんでもない。

しかし、アスガルドさんは私の理解の範疇を超えていた。

「いくらアイリちゃんのほうが強くても、色々男が守ってやらないとダメだぞ?」

…あれ? アスガルドさんには知られてないのに。

そう思って彼のほうを見ると、彼は私にウインクをする。

…どうやら、割と初めからバレていたらしい。

多分足音か雰囲気か、どっちかだとは思うけど。

さすがアスガルドさん、ボケててもしっかりしてるわ。

そんなことを思いながら、カトレアちゃんの方へと視線を移した。

「ありがとうね、カトレアちゃん。 」

「お姉様…。」

私は昨日変わってしまった私への呼称にちょっと戸惑いながらも、微笑んだ。

…彼女はレスターをあっさり倒してしまった私を、なぜか尊敬したらしいのだ。

で、呼称が「アイリ様」から「お姉様」に変化したと言うわけである。

まぁ、私としてはその呼び方は大歓迎だけど。

「いえ、私は何もしておりません。
 …これからも何もできませんが、かげながら応援させていただきますわ。」

「そう言ってくれるとありがたいですよ♪」

私は彼女に向かってウインクしてみせる。

すると、彼女は嬉しそうに笑った。

「…父上、行ってきます。」

レクティは父親に向かって、いつもの通り冷静に言う。

シティロークさんはそんな彼を微笑みを浮かべて見ていた。

「ああ、せっかく旅に出るんだ。
 もっと成長して帰って来るんだぞ?」

「はい。」

レクティはそんな父親の言葉を嬉しそうに受け止める。

そしてミントちゃんもカトレアちゃんも、お互いの兄に向かって分かれの言葉を話す。

…や〜…ちょっと居づらいかも?

私がそう思っていると、

「アイリさん。」

私に声をかけてくる人がいた。

その人物とは、レクティの父のシティロークさんである。

「はい、何でしょうか?」

「…レクティとディオルース君にはあらかじめ渡しておいたのだが…。」

そう言って、彼は私に向かって右手を差し出した。

何かを握っているようで。私はとりあえず両手を差し出す。

すると、彼の手から私の手のひらに何かが転がってきた。

「…これは?」

手のひらに現れたのは、手のひらと同じくらいの平べったい赤い宝珠だった。

私が何のために渡されたのか分からず不思議そうな声を上げると、シティロークさんは笑って言う。

「オーブ…といってな、ちょっとしたクローゼットひとつ分の荷物が収納できる。 使うといい。」

「へ〜…便利ですね。」

こんなものにそれだけ入るなんて、かなりの便利さだ。

布団圧縮袋も真っ青である。

私はそれを剣―――例の刃つぶしシャムシール、そのうち買い換えるつもりだけど護身用に―――を下げたベルトのバックルの部分がおあつらえ向きにちょうど開いていたので、その部分に取り付けた。

「ありがとうございます!! シティロークさん!!」

私が微笑みながら言うと、彼も微笑を返した。

「…じゃあ、そろそろ行くか。」

もう別れの挨拶をし終えたのか、彼は私に向かって言う。

すると、今度はレクティが、

「そうだな、行くか。」

と言って返事を返した。

私も名残惜しいが異存は無かったので、

「うん、いつでもオッケー!」

と言って、ピースをする。

そんな旅立つ私達に、送る彼らは笑顔で一言ずつお別れの言葉を言う。

「自分の道を進め、レクティ。」

「お土産宜しくね、お兄ちゃん。」

「元気ですごすのですよ。」

「いつでも帰ってこいよ? ここがお前らの故郷だからな。」

「きっとあなた達なら、大丈夫よ。」

「お帰りをお待ちしておりますわ。」

レクティの家族と、ディオの家族のそれぞれの言葉を受けて、私は微笑む。

内容があったかくて、やさしくて。

本当にいい人たちとであったって、そう思ったから。

「それじゃあ…。」

「「「行ってきます!」」」

私達は元気よく、彼らに挨拶をして旅立った―――――





「「お姉ちゃん(様)を、嫁にもらえるようにがんばって〜!!」」

そんなことを叫ばれるまでは、少なくとも。





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