第三章
 1 こいつ等どういう組み合わせ?



私たちは、その時草原にいた。

表街道から少し外れた、近くに木々が多い茂った場所がある草むらの間の開けた土地。

私が住んでいたところではちょっと珍しい光景である。

赤い少々裾が長い上着と、黒のスカートに同色のスパッツ、そして茶色のショートブーツに身を包んだ私はとある人物と対峙していた。

「…。」

私は無言で、目の前にいる人物を見つめる。

彼の手には、抜き身の剣が一つ、鞘に納まることなく握られていた。

明らかにこちらへの攻撃の意思が見て取れれる姿だ。

しかし、そんな彼を見ても何をするでもなくただ立っていた。

自分も同じように、彼の家から貰ってきた切れない剣を抜くという行為すらしない。

別に、剣を向けてきた相手を侮っているわけではない。

剣を向けてきた相手は、緑を基調とした服を着ていた。

緑色の上着とその中の深緑の軽鎧の中は黒のインナーで、肩には少しくすんだ白色の肩当て。

肩当てと同色のスラックスには茶色のベルトが通されており、それには黒色の鞘が吊り下げていた。

金色の髪と翠色の瞳のその持ち主は、旅の仲間の一人・ディオである。

友人だからとか前に戦って勝っているからだとか、そんな理由で手を抜くのは彼に失礼だろう。

訓練だから、という理由でも無い。

そもそも剣を扱う時に不真面目というのは、私のポリシーに反する行為であるのだし。

たとえ練習だろうと、一人で素振りしているときだろうと、それは同じである。

しかし、私は直立不動のままその場を動かなかった。

それ所か、目を閉じてすらいた。

この状態が、今の私にとって一番しっくりきたから。

―――――― 居合い。

それは私が体得している、剣術の大元の名前である。

誰よりも速く何よりも鋭く繰り出される、軌跡。

日本でも知られている武術のうちの一つであろうそれは、実は鞘に納まった状態で全てが決まる。

どのように斬りつけ倒すのか。

その状態で、刀を振るうものは幾通りもの方法を描き、最後に最強であると思った一手を選び取る。

「…ッ!!」

ディオは小さく息を吐く。

その間にもれた吐息の音や彼の気配から、大変緊張しているということが見なくても分かる。

おそらく彼は気付いているのだろう。

私は確かに、ただ立っているだけで、剣すら抜いていない。

しかし、隙なんて殆ど存在しないということに。

「…ディオ?」

私は彼に向かって窘めるように声を出した。

確かに私は何処に打たれてもかわせるという自信が、今はある。

ディオはそれを感じ取ってしまっているのだろう。

だからこそ、私は彼に言葉と共に厳しい視線を送った。

それに恐れて攻撃を仕掛けてこないというのは、悪いことだから。

もしかしたら倒せる一手が存在するかもしれないのに、試さない。

それは私が真剣を持っていた場合、死に直結する行為だろう。

スピード重視の私の剣技とは違い、どちらかと言ったパワー重視な彼の剣筋。

それは、自ら仕掛けて行く方が有利である場合が多いのだ。

すると、ディオの表情がすっと変わってゆく。

今まで焦りが浮かんでいた表情が、徐々に消えてゆく。

初めて試合をしたときのような気迫が、再び彼に宿る。

――――― それでいいのだ。

私はそう思って、微笑んだ。

それが正しいのだと、本心で思えたから。

その間に、ディオは私との間にあった距離を詰める。

数メートルあった距離が、数瞬でゼロに近づく。

今までのどんな攻撃よりも、スピードにのった一撃を繰り出そうとする。

私はそんな彼の手によって振るわれた白刃が、眼下に迫るまでずっと見つめていた ―――――――



「…卑怯だ。」

目覚めてディオが初めに言った台詞には、なにやら恨みがたっぷりと詰まっていた。

私はそんな彼を片手間でチラッと見ながら、

「何が?」

と、きょとんと聞き返す。

想像してみて欲しい。

知り合いではあるが出会って二週間経ったか経たないかの赤の他人に主語も目的語も省かれた言葉を言われる。

そんなもの、理解できる人物がこの世にいるだろうか?

いるのだったら是非コツを教えて欲しいものだ。

しかし、ディオは私が分からなかったことに対して、気に入らないのかあからさまに表情を歪める。

「お前…本気で言ってんのか…?」

「うん。」

キッパリと私が言い切ると、辺りの温度が急激に下がりだした。

それと同時に、

「さっきの事に決まってるだろ?!」

と、ディオの怒鳴り声が聞こえてきたので、おそらく温度を下げたのは彼なのだろう。

しかし、私はお構い無しにマイペースに考え込んでみた。

何と言うならば、彼がこんなに怒っている原因について、である。

『さっき』という言葉から推測すると、おそらく彼がまだ昏倒していなかった時を指すのだろう。

寝ている間のことを知っているというのは、何か怖いし。

…と言っても、寝たと言うより寝かせたと言った方が表現が正しいだろうが。

「…私がディオを一瞬で負かせた件?」

と、私が無難中の無難な答えを彼に例示する。

しかし、彼はその答えを彼は殆ど間を開けずに否定してしまう。

…こちらとしては、あまり否定して欲しくは無かったのだけれど、他に何も思いつかないし。

私はディオが言ってるんだから他に何かあるのだろうと思い、唸りながら考え込む。

「…アイリ。」

すると、別方向から私に話しかける声が一つ。

「ん?」と声をもらしながら、私は反射的にその方向を向く。

するとそこにいたのは、青が目を引く人物だった。

髪も瞳にもダークブルーを宿した真面目そうな人物は、髪の色よりも幾分か濃い紺色の上着を着ていた。

黒色のスラックスと同色のブーツは頑丈そうで、このあたりを歩くにはとても便利だろうと思われる。

白色のマントを羽織っており、いかにも「魔法使いです」と言っているようなその人物は、
もう一人の旅の仲間のレクティである。

「何? レクティ。」

私が問いかけると、彼はおもむろに私の方を指差した。

「?」

私は不思議そうに、その指を見る。

何で自分が彼に指を指されなければならないのか、分からなかったのだ。

人を指差すのは失礼とシティロークさん教えなかったのかなぁと考えていると、私はあることに気がついた。

レクティの指は私自身を指しているのではないということを。

私はそれに気がついたと同時に、彼が本当に示していたものへと視線を移す。

つまり、私が左手に持っていた皿の中身へと。

それはトマトベースの味が中々美味しい、レクティ特製のリゾットという今日のお昼ご飯が入った何の変哲も無いただの皿である。

「…ディオの皿は使ってないっすよ?」

これは私がミントちゃん達と共に旅用品を買出しに行ったときに買っておいた、私専用の皿である。

ウサギのワンポイントがとても可愛らしいミントちゃんが選んでくれた皿は、間違いなく先ほど自分の荷物から取り出したものである。

荷物と言っても、別に皿を手に持って歩いているのではない。

鞄に入れているのでもない。

宝珠と言うレクティパパであるシティロークさんから貰った超便利アイテムの中に、他の荷物と共に小さくコンパクトに収容しているのである。

入れるものの大きさや質量に限界はあるらしいが、服やら食べ物やらという旅の必需品を入れるのにはとても便利である。

そして、宝珠は各一人ずつ所有していたりする。

私のが赤で、レクティのものが青、ディオが黄色となんともイメージカラーぴったりな宝珠を貰っているのである。

そんな状態で、間違って他の人の荷物を取り出すことも無いだろう。

たとえディオが同じウサギさんの皿を使っていようとも、赤い宝珠から取り出したこれは間違いなく私のものだ。

では何故彼は怒っているのだろう。

私が不思議に思っていると、レクティはさらにため息を吐きながら私のもう片方の手を指差した。

私ももちろん、先ほどと同じように右手にも視線を移す。

そこに握られていたのは、リゾットを食べるために握られていた何の変哲も無い一本のスプーンだった。

「…これがどうかした?」

そう言った瞬間、辺りが静寂に包まれたのを私は感じた。

なんで突然そうなったのかと思いながらディオに視線を向ける。

するとそこには青筋浮かべた彼がいて、ああこの所為かと一瞬で理解した。

「…これがどうかした…だと?」

表情の通りに、低音な声を出すディオ。

私は何故怒られているか分からなかったので、とりあえずこくんと頷いてみた。

すると彼はため息を吐きながら、私に向かって言う。

「…別に俺はお前に倒されたことを怒ってるんじゃ無い。単に俺がお前より弱いってだけだ。

 俺の攻撃を防ぐことからさっさと倒すことに目標を変えたのも、作戦だからって考えれば仕方ねぇ事だって分かってる。

 …けどなぁッ!!」

ディオは息を荒げながら、今度はレクティを指差した。

「その理由がレクティが『飯が出来た』って知らせに来たから…てのは許せねぇし、
 何よりオレが目を覚ます前にお前が既に飯を食い始めてるのも気にくわねぇッ!」

そう言った後、ディオは自分を落ち着かせる用に何度も呼吸を繰り返した。

―――― 確かに、彼の言った通りではある。

私はひとえにレクティが作ってくれたご飯のためにさっさと彼を昏倒…もとい勝負をつけたし、ご飯にだって半分くらいではあるにしろ手をつけている。

しかし、これには私なりの理由があった。

「なんだ…そのことか。」

私ははぁとため息をつきながら、リゾットを掬って口の中に放り込もうとする。

しかし、出来なかった。

ディオにスプーンを持っている手を掴まれたせいだ。

「…何してるのかな〜ディオ。」

と、少々イラつきながら問う私に、ディオも同じような状況で答えた。

「オレの話聞いてんのかお前?!」

声を張り上げて言うディオに、私は思わずぷちっと切れてしまった。

「聞いてるわよ! 聞いてるうえで食べてるの!! 悪い?」

「悪い…って、悪いに決まってるだろう?!」

「何でよ! いつ食べようが私の勝手でしょ!!」

「あのなぁ…自分で寝かせたんだからちょっとは待ってるもんだろ普通!」

「私は普通じゃないからいいのよッ!」

「お前それ開き直って言うことじゃねぇよ!!」

「何言ってるの! 私が言わなきゃ誰が言う!!」

「誰も言わなくていい…ってオレが言いたいのはそっちじゃなくてなんで食べてんだってことだよ!」

「そんなの、理由ははっきりしてるじゃない! 早く食べないと昼ごはんに失礼だからよ!!」

「はぁ?!」

「冷めて美味しくなくなった状態で食してあげるのは、食材達に対して失礼極まりないじゃない!!」

「オレに対しての失礼は良いって言うのかオイ!」

「だって私には守るべき事もあったし!!」

「なんだよそれ!!」

「『腹が減っては戦はできない、だから食べれるときに食べとけ』っていうのが座右の銘なのよ!!」

「戦…って、そんな予定何処にあるんだよ!!」

「いや、意外とそこらに転がってるモンでしょ! この世界なら!!」

「んな滅多に戦争なんてしてねぇよ! 個人的な争いならあるかもしれないが、こんな時に…」

その瞬間、ディオの言葉はストップした。

…期待している人がいたら悪いが、別に私が力ずくで黙らせたわけではない。

もちろん、レクティが突っ込みを入れた訳でもなかった。

彼が自主的に言葉を止めた理由は、彼の背後に響き渡る音に関連している。

結構離れているのか、あまり大きくは無かったがしっかりと耳に届いた音。

草原ではけして鳴り響かないであろう音。

――――― それは、爆発音だった。

「…あっと…。」

ディオがどう言葉を続けて良いのか分からず、声をもらす。

当然だろう、こんなところでそう都合よく争いなんて起きるはずが無いと彼は信じていたのだから。

私はそんな彼に向かって、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「…ほら、結構戦って転がってるものでしょ?」

ディオはそんな私の方を見ながら、ため息を吐く。

「…確かに、お前の言う通りみたいだな…。」

「…ふふふ、でしょ?」

勝ち誇ったように、私は言った。

だから、彼は気がつかなかったのだ。

同じようにそんなことが都合よく起こるなんて思っていなかった私の額に、冷や汗が浮かんでいたことなんて。



草原の中の草木が足で踏み荒らされている場所。

辺りに響くのは、怒号と悲鳴。

戦いによってだろう、既にニ三名の人が気を失っているのか地面に横たわっている。

そんな状態を眼下に捕らえながら、私達は草むらの中に身を潜めていた。

「で、どうして僕たちはこういう状況になっているんだ…?」

「シッ!!」

レクティの当然とも言えるツッコミを、私は片手で制した。

いつもと同じボリュームの声で言われては、困るのだ。

「せっかく隠れてるのに、声で察知されたら元も子もないでしょ。」

なるべく小声で言う私に、レクティはため息をついた。

しかし、今はそんな彼に構っている場合ではない。

目の前で繰り広げられている諍いが、目を見張る戦いだったのである。

といっても、使い手ばかりで拮抗していると言うわけではない。

私の観点から見ても、二人対十五人というなんとも卑怯な争いだった。

「…助けに入ったほうがいいんじゃないか?」

先ほど私が注意したことに留意して、レクティがぽそっと呟く。

そんな彼に私は視線も向けないまま答えた。

「確かに助けてあげた方がいいのかもしれないけど…敵の敵が味方だとは限らないでしょ。」

「…ということは、大人数の方は悪人に決定なわけだな。」

「もちろん。」

言い切る私に、レクティは再度ため息を吐いた。

当たり前ではないか。

大人数で結構身なりのいい人二人を襲う、これは悪役がやりそうなことの一つだろう。

しかもこの大人数のグループ、余所者の私が見ても明らかに盗賊ですと名乗っているような服装の人々ばかりなのである。

これで盗賊じゃなく一般人だったら、今すぐ着替えか転職をお勧めする。

そんな姿の連中に、私は加勢するつもりは無かった。

明らかに悪役ですと言わんばかりの彼等を助けるほど、私達は暇でも酔狂でもないのだから。

「だったら、二人組みの方助ければ良いんじゃないか?」

当然と言えば当然の答えを出すディオ。

しかし、私はそれにも首を縦に振ることは出来なかった。

「…でもねぇ…。」

私は二人組みを凝視しする。

肯定できない理由があったのだ。

確かに、大人数の人々よりは二人組みの方がよっぽどいい人っぽいのは私も認める。

彼らのように無骨ではなく線が細い感じであるし、何よりも美形だった。

一人目は二十二歳ぐらいの雪のように透き通った白さの肌を持った人物である。

女の子が羨ましがるであろうその肌の持ち主は、それよりも更に色素が薄く柔らかそうな銀髪を肩口ぐらいまで長く伸ばしており、
額でサークレットで押えられているものの結ばれてはいないため、動くたびにさらさらと揺れ動いている。

その白さの中にある翠色に輝く瞳は、更に彼の美形度数を上げるのに一役買っていた。

もう一人の人物は、前者の人物とは対照的な色を纏っていた。

一人目の人物より少し濃いが、それでも白い肌色に黒い髪。
黒曜石のようにつややかな輝きを宿す髪は短く切られており、風に揺れる姿はさわさわと音が聞こえてくるようだ。

眼鏡の奥に隠された瞳も髪の色と同色であるため日本人に見えなくもないのだが、彼の雰囲気がそれを全否定している。

年齢は銀髪美形さんよりも年上で、二十六歳あたりではないだろうか。

二人ともディオとレクティに負けず劣らずの美形さんである。

そんな彼らを、確かに美形大好きの私としては助けたいと思う心もあった。

美形に悪人はいないというのは世の常であることだし。

しかし、世の中には美形でも悪役という、ちょっと質は劣るがデコのような例もある。

小説や漫画のラスボスも何故か美形が多い昨今、一概にそうとは言い切れないだろう。

漫画だからという意見もあるにはあるが、実際でそんなことが起こらないということは言い切れない。

それに、彼らには少し妙な所があった。

別に美形がこんな草原で戦っていてはだめだと言っているわけではない。

そんなことを思っていたら、まずディオとレクティをどこかに連れて行っている。

それに、私がこの場にいて可笑しいと思ったのは顔ではなく、その服装だ。

二人ともこんな草原にいるには少々不自然な格好をしているのである。

銀髪美形さんの方は、この世界のことを考えるとありえる格好ではあった。

紺色のインナーの上に金の縁取りが施されている赤の上着を着ており、出には指先だけ出た茶色の手袋。

白のスラックスを押えている上着の合い間から見え隠れしている茶のベルトは、同時に今彼が手に持っている剣の鞘を吊り下げていた。

足を保護するためか黒いブーツが履かれている。

赤い服を着ている私が言えた事ではないが、かなり目立つ格好である上に遠目から見ても着ているものが高級品だと分かる。

どっかの好事家風の青年は、色々な意味でこの場には似合わなかった。

ではもう一人の人物である眼鏡美形さんが普通の姿をしているかといえば、そうではない。

いや、よく見れば彼もまた時と場合と場所を考えれば普通の姿はしていた。

髪の色と合わせた様な黒色の上下はフォーマルな場ではよく見かけるものであるし、中にきている白いシャツも精悍さが表に出されていて見ている私としてはとても好印象だ。

アクセントになっている首に巻かれた紺色のものも黒く光る靴も、真面目そうな彼によく似合っている。

色などで言えば確かに銀髪美形さんよりもまともな色彩をしているだろう。

しかし、その服はとても動きづらそうなものだったのだ。

フォーマル中のフォーマルともいえるであろうその服装は、私が住んでいた日本でもよく見られた物。

サラリーマンなどがご愛用の、スーツだったのである。

真面目そうなイメージを持つ彼にはとても似合っている服装ではある。

しかし、如何せん草原の中で手刀を閃かせながら裾を翻す様はミスマッチにも程があった。

しかも彼が共闘しているのは、好事家風な銀髪美形さんである。

どういう組み合わせなんだと問いかけたくなる程、二人の姿はこの場には合っていなかった。

「…妙すぎて手を出せないというか…。」

そんな私に向かって、二人は同時に、

「…ああ…。」

「…なるほど。」

と、私に同意するような声を出した。

…と言うことは、私が思っていたことは外れてもいないということなのだろう。

この世界では普通のことなのかもしれないと思っていたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしい。

そんなことを考えている間も、彼らはおそらく盗賊と思しき大人数達相手に戦い続けていた。

この戦いを見ていると、二人がどれだけの強さなのか見て取れる。

銀髪美形さんの剣筋はスピード重視の型であり、どこか格式ばった感じが抜けないものの実戦で培ったのであろう鋭さが目に付く。

眼鏡美形さんは素手で戦っているのだが、一撃一撃にかなりの威力が込められているのが盗賊達の倒れ具合で見て取れる。

しかし、双方ともどうやら本気は出していないようだ。

彼らのスピードや威力から換算すると、かなりの使い手であると分かるのだが、盗賊達は誰一人として致命傷を負っていない。

小さな傷は山ほど与えているあたり、別に敵を傷つけることが怖いというわけでもないだろう。

どうしてだか私には分からないが、とりあえずそれによって倒れる盗賊が少ないと言う現状だけは分かる。

しかもどうにも数が多すぎる上、倒しても倒しても起き上がってくる中々根性のある盗賊のようだ。

これでは、負けはしないだろうが勝つごろには相当疲れてしまっているのではないか。

「レクティ…。」

私はレクティに出来るだけ小さく声をかける。

「…なんだ? アイリ…。」

彼はそんな私に、訝しげに聞いてきた。

静かにしててと言ったのは私なのだから、当然だろう。

そんな彼に、私は満面の笑みを浮かべて、

「…なんか面倒になってきたから、呪文でぱっぱとやっちゃいましょう♪」

と心持ち少し高めの声で彼に言ってみる。

レクティは私の顔を、呆れたような表情を浮かべながら見た。

「…妙だから手を出したくないって言ったのは、何処のどいつだ?」

そう言いながらため息を吐く彼を、私はただただ見つめていた。

『最終ツッコミ防衛ライン』の異名を私が与えただけあって、彼の指摘は最もだったから。

面倒くさいと言う意思を精一杯伝えようと、見つめるしかなかったのである。

そんな感じでしばらく見つめ合っていたのだが、ふと突然レクティが視線をはずしてきた。

「…?」

私が不信そうに彼の横顔を覗き込むと、なにやら耳が赤いのが見て取れる。

…どうやらずっと見つめ合っていたことで照れてしまったらしい。

さすが良いところの坊ちゃんである。

そんな私の考えを読んだのか、彼はコホンと一つ咳払いをし、

「…まぁいい。」

と言いながら、瞳を閉じた。

集中力を高めようとしたその行為は、次に呪文の詠唱に入った。

「荒れた大地に 降り注ぐ
 凍れる飛沫 空の涙よ
 我が意のままに その涙
 この大地に降り注がんことを。」

レクティが厳かに呟いた瞬間、空に幾つもの輝きが見て取れた。

光の反射によって照らし出されたそれは、まさに凍れる飛礫 ――――― 自然界のものより幾分か大きい雹だった。

それが、私たちが身を隠している草むらよりも前の方に満遍なく降り注ぐ。

結構な高さから降り注ぐそれは中々の威力があるらしく、盗賊達は次々と逃げ出して行った。

「…ねぇ、レクティ…。」

私は引きつり笑いを浮かべながら、彼に問う。

「…なんだ?」

すると彼も笑ってはいないものの表情は引きつっており、彼にも予想外の出来事だったことが伺える。

私はそんな彼に追い討ちをかけるかのように、ポツリと呟いた。

「…美形さんたちにも、当たっちゃってるよね…雹…。」

――――― 彼は目線を反らしたっきり、何も言わなかった。



「…申し訳ありませんでした!!」

レクティのその声と共に、私達は一斉に謝り倒す。

もちろん相手は件の銀髪美形さんと眼鏡美形さんである。

二人ともすばらしい反射神経の持ち主であるがために、すぐに木の下に避難したため殆ど無傷であったが、こちらが迷惑をかけた事に変わりは無いだろう。

まさかレクティがコントロールを失敗するなんて思っていなかった私も、あれにはかなりびっくりした。

突然雹が降ってきた二人にとってはもっと驚いた出来事だっただろう。

だから、雹がようやく降らなくなった瞬間に自己紹介もしないまま三人で土下座、と言うわけである。

…まぁ、ディオはあまり関係が無いという説もあるが、そこは連帯責任というやつである。

「いえ、本当に大丈夫ですから皆さんお気になさらずに。」

と、なんとも物腰柔らかそうな敬語で対応するのは、銀髪美形さんの方だった。

その表情には、なんとも安心できる微笑がたたえられている。

私達はそんな彼の様子に、ほっと息を吐く。

顔も綺麗で、髪もサラサラ、その上心まで広いとはすばらしい。

私がそんなことを考えていると、銀髪美形さんはおもむろにメガネ美形さんの方をちらっと見た。

「アルトも怒っていませんよね?」

微笑を浮かべながら聞く銀髪美形さんに、アルトさんと言うらしい眼鏡美形さんは、

「ええ、まぁ…。」

と、表情こそ崩さず戸惑ってはいるが、あまり怒っていない様子である。

私達はほぼ同時に息を吐いた。

先ほどからこちらを見続けているものだから、睨まれているんじゃないかと思ったのである。

どんな辛辣な言葉が降りかかってくるのだろうと、内心ビクビクしていたのである。

しかし、予想外の出来事は意外に近くに転がっているものだと、次の瞬間実感することになる。

「…まぁ、少し痛かったんですけれど…。」

と、頭を押えながらちょっと苦痛そうに言う銀髪美形さん。

まさか彼にそんなことを言われるとは思っていなかった私達は、一斉に顔を青くした。

心の広い人だと思っていたのだが、見掛け倒しだったのか?!

焦りながら彼を見つめると、

「まぁ、貴女みたいな綺麗な女性にやられたのなら、私としても満足ですが。」

「…は?」

私は思わず素っ頓狂な声を上げる。

だって、考えてみて欲しい。

何故か今まで女の子にモテてきた私だが、男には妙な奴にしかもてていなかった。

それを考えるとマニア受けする顔立ちではあるだろうが、けして美形ではないということが推測できる。

実際、鏡を覗き込んでもどう頑張っても普通の顔だと思う。

その十人並みの顔を、手放しで褒められたのである。

お世辞にしても、私にとっては予想外だった。

「…いや、あなたの方がよっぽど綺麗ですが?」

私が本心をポソリと言うと、銀髪美形さんは一瞬驚いたような顔をした。

まさかそんな返され方をするとは思ってもいなかったのだろう。

確かに、先ほどの言葉は予想外だったが、この手のタイプがそういうお世辞が好きなのではないかと予想はついた。

伊達に美形観察を趣味に持ってはいないのである。

銀髪美形さんはそのまま数秒その表情のまま私を見つめていたが、不意に何かを思い出したかのように微笑を浮かべる。

「貴女は面白い人ですね…。」

「よく言われます。」

正直に答える私に、彼はますます笑みを深める。

すると、彼は突然片膝を地面につけた。

ぎょっとする私を尻目に、彼はそのまま会釈のポーズを取る。

その会釈は洗練されていて、まるでどこかの貴族のようである。

本当に貴族なディオが会釈するよりも、よっぽど合っているだろうと思われて私は一歩引いてしまった。

「申し送れました。」

そういいながら彼は俯いていた顔を私の方へと向け、まっすぐに私を覗き込んできた。

「私の名前はセルク、セルク=セレナード。 美しく面白いお嬢さん、貴女の名前を教えてほしいのですが…。」

いかがでしょうか?

と、少し悪戯そうに私に聞いてくる。

私はそんな彼の態度にうろたえるのも何か癪だったので、

「アイリ=トージョー! ヨロシクッ!」

と、敬礼しながら答えてみる。

すると彼は一瞬びっくりしたように、動きを止める。

掴みはオッケー!と私は思うが、それもつかの間の出来事だった。

彼はすぐに別の行動に移したのだから。

おそらく決め台詞であろう台詞をあろうことか私に言ったのである。

「よければ次の街までご一緒したいのですが…よろしいですか?」

美人な女の子も真っ青なほど、綺麗な笑顔を浮かべて。

私はそんな彼に、戸惑いを隠せなかった。

どうやら、いらない好奇心を与えてしまったらしい。

そう思いながらも、私には彼の申し出を断る術が無かったのだから。

元々こちらがいらないことをしてとばちりを彼らに受けさせてしまったのである、断ったらかなり失礼な出来事だろう。

私がそう思いながらしぶしぶ首を縦に振ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「では、私の従者であるアルト共々、よろしくお願いしますね?」

私はそんな彼の言葉に再度頷きながら、ふと思った。

――――――― こいつ、もしかして計算してないか、と。




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