第三章
 2 四番ピッチャー。



私達がその後目指したのは、相変わらず木々が多い場所だった。

踏み慣らされているせいか草もあまり生えておらず、木々も左右に覆い茂る程度。

そこは私達が先ほどまで居た草原ではなかった。

ここ二週間ほどたどってきた見慣れた街道に、もう既に出ていたのだから。

なぜ私達がそこにいるのかは言うまでもないだろう。

次の町を目指すためである。

しかし、それには少し疑問を覚える人もいるのではないだろうか?

別に私達は先を急ぐたびをしているわけではない。

そりゃあ早くもとの世界に帰れるにこしたことはない。

しかし、この世界の事を見て回るのも楽しいだろうなと私は思っている。

だから別に先ほどの戦闘後すぐに移動する必要はないのである。

その上あの場所からほど近い場所に、残した物もある。

…そう、レクティの作ったリゾットが入った鍋だ。

レクティが作ってくれたご飯を道端に残す。

それはレクティに対しても失礼だし、私たちの糧となってくれる食料に失礼だ。

まぁミントちゃんに選んでもらった皿は、戦闘現場に持っていったからいい。

しかしその際に捨ててしまったリゾットは、二度と私の口に入ることは無いのである。

…非常にもったいない事をしてしまった。

しかし、それを置いてでも私達は先へと急がなくてはならなかったのだ。

…いや、それでは少々表現が違うだろう。

私は、急ぎたかったのだ。

さっさと次の町に着いてしまいたかった。

なるべく早急に脱出したかったのである。

――――― 質問攻め、なんてこんな状況から。

「では、アイリさん。 誕生日はいつですか?」

とても爽やかな音声で私に問う声が一つ。

その表情は、おそらく声と同じような感じで笑っているのだろう。

しかし、私はその表情を確かめずに、

「2のゾロ目。」

と、完結に答える。

もちろん、視線は歩く方向を見据えたまま動かしたりはしない。

しかしそれでも答えが帰ってきたことに対してだろうか、隣からなにやら嬉しそうに、

「そうなのですか、冬生まれなのですね。」

と、語尾に音符マークがついているような感覚の声が響く。

もちろん旅の仲間であるディオやレクティの声ではない。

つい三十分前から一緒に歩いている、セルク=セレナードという人のものである。

銀色の髪に翠色の瞳、雪のように白い肌。

その上顔は綺麗と言っても差し支えないほどの美形であり、はっきり言って私の美形センサーは刺激されまくっている。

しかし、彼にはおかしな所があった。

一般人中の一般人な私に、なぜか興味を示したのである。

確かに私の行動は少々おかしいところがある、それは認めよう。

一般女子高生にはありえない身のこなしをしていることも、分かっている。

しかし前にも言ったように、私の顔の出来などは十人並みである。

そんな私に、彼は先ほどのような質問を何度も何度も何度も何度も聞いてくるのである。

ごく一般的な先ほどのものから、カレー派かシチュー派かというどうでもいいような質問まで。

その数、先ほどの誕生日の質問で54問目。

これが一緒に歩き始めた時、いや一緒に行くことを決めたときからずっと続いているのだ。

正直勘弁して欲しい。

確かに私は美形は好きだが、面倒くさいことはあまり好きではない。

もちろんあまり知らない人に根掘り葉掘り聞かれることも、好きではない。

それに、正直私は彼のことが苦手だった。

出合って間もない私たちではあるが、彼の中に得体の知れなさを感じたのである。

別に行動そのものはおかしなところは無い。

極普通の金持ちのボンボンだと言ってもいいだろう。

しかし、私の女のカンが告げているのである。

この男は、どこか胡散臭いと。

確かに見た目は完璧に好青年だ。

愛想が良く、礼儀正しい。

言葉遣いだってかなり丁寧である。

しかし、私にはこの男を完全に信じることは出来なかった。

何か裏があるのではないかと、どうしてもそう思えてしまうのだから。

初対面の相手には失礼極まりないだろう。

しかし、生憎と私のカンというものは結構な精度を誇っている。

だからだろうか、必要以上にセルク氏に対して警戒してしまう。

しかしそんなことはお構いなしに、彼は私に積極的に話しかけてくる。

好奇心というものが私の拒絶が感じ取れていないのか、元々そういう事を感知する感覚に鈍いのか。

どちらかは分からないが、とりあえず結構図太い人であることは確かである。

「…………。」

私は無言のまま、視線を後ろへと移す。

そこには、私の旅の仲間のディオとレクティが歩いていた。

いつもなら三人で会話を交わしながら、歩いていた街道。

しかし今日の二人は私に声を掛けることも無く、自分たちも喋ろうとはしない。

最後方にいる人物の存在が、そうさせているのだろうか。

私の横を歩いている人物の従者である人、アルトさん。

黒髪黒目のメガネ美形さんで、スーツが似合う高身長。

日本に居たらメガネ好きの女の子達にさぞかしもてそうなその風貌から受ける印象そのままに、彼は無口だった。

出会ってから殆ど何も喋っていないのである。

せっかく顔にお似合いのいい声をしているのに、相槌くらいしか打ってくれない。

そのお蔭で、私は彼の苗字すら知らないのだ。

美形観察を趣味に持つ私としては是非とも彼と話して苗字を聞きだしたい。

しかし、彼の周りには音を妨害するオーラが漂っている風にも見えるのである。

従者という立場から一歩引いたところにいるのが普通だと思ってでもいるのだろうか。

自ら喋ることを禁じているようにも見える。

その気配に負けて、ディオもレクティも喋っていないのかもしれない。

私はため息を吐きそうになるのを押えて、今度は隣のセルク氏を見た。

アルトさんとは反対に、この男性はとてもよく喋る。

99・99%私に対する質問か相槌だが、全体の会話の八割は彼の声で占めているだろう。

私も対外おしゃべりな方だと思っていたが、それ以上かもしれない。

アルトさんと足して2で割ったら丁度よさそうである。

「――――― じゃあ次の質問ですが、よろしいですか?」

晴れやかな笑顔を浮かべて、彼は私に問う

私が彼を見ていることに気を良くしたのだろうか。

それとも初めからそんな表情をしていたのだろうか。

ずっと先ばかり見ていた私には分からなかったが、とりあえずこれだけは言えるだろう。

ここで首を横に振っても、気にせず彼は質問を続けるという事を。

私はまたもため息をつきそうになるのを留め、

「…どーぞ。」

と、面倒くさいと感じる心を隠して応対するのが精一杯だった。



リヴァーリス国の南西に位置する都・レスティネート。

国王から任ぜられた領主が納めているこの町は、王都ほどではないにしろ栄えていた。

行き交うたくさんの人々に、綺麗に整った町並み。

そんな風景は、二週間の間に立ち寄ったどの町並みよりも華やかである。

私達は、そんな町の入り口付近で立っていた。

「…ようやく見えなくなったな。」

レクティがそう言ったのは、彼らの姿が町並みに消えた頃。

彼らというのは、もちろんセルク氏とアルトさんのことである。

私と彼らはこの場所まで一緒に歩き、別れの挨拶を交わした。

ここが五人で目指した最終目的地であったため、私達は彼らと別れた。

私達は今までそんな彼らの後姿を見送っていたと言うわけである。

別れというものはとても感慨深いものである。

確かに苦手な人物ではあったが、もう二度と会うことが無いかもしれないと思うと少々寂しいものだ。

その上顔や身長、物腰などは高得点の美形さん達。

一人は性格が苦手な部類に属していたが、それを抜きにしても日常生活には有り余る貴重さである。

そんな彼らを邪険に扱うことなんてしなければ良かった。

今更ながらにそう思い、私は軽くため息を付く。

「…お疲れさん。」

そう言って、私の肩を叩く人が約一名。

もちろんそれは私のもう一人の旅の仲間、ディオのもの。

確かに私は彼との応対に少々疲れていた。

彼は私にしか話しかけないし、他の人たちも誰も話しかけようとしない。

初対面の相手に根掘り葉掘り聞かれるそれは、まるで何かの面接のようだ。

その上プライベートな質問が混じっているのだから、性質が悪い。

とても個性的な夫婦に恵まれた彼には、それが感じ取れたのだろう。

しかし、それならばなぜ話しかけてくれなかったのだろうか。

話しかけてくれたなら、今の疲労の幾分かは無かったはずなのである。

そう思うと、彼らを恨みがましく思う。

そのことについて一言文句を言おうとして、私は振り返る。

――――― そしてそのまま行動停止に陥った。

「…えーっと…。」

私はこめかみを指で押ながら、考え込む。

彼、セルク=セレナード氏に質問攻めにあったのは確かに私である。

私の知っている限り、ディオは彼らと一言二言しか会話していないはずだ。

それなのに…なぜ私の数倍は疲れているような顔色をしているのだろうか?

「…どうしたのディオ?」

何でそのようなことになっているか分からない私は、驚きながら彼に聞く。

確かに今日は朝から歩き通しであるが、それはここ二週間ずっと続けてきたことだ。

きちんと休憩は入れていたし、問題はないはずなのだが。

そう思いながら彼に聞くと、ディオは目を見開く。

彼の顔を見て思わず一歩引いてしまった私に向かって、ディオはこんどは眉根を寄せた。

「…気がつかなかったのか?」

「な…何に?」

その様子は普段の爽やかさとはかけ離れている、凄みのある表情だ。

というか、そういう表情はレクティのレパートリーだろう。

なのになんでディオがそんな表情をするんだ驚くではないか、と思いながらさらにもう一歩後退る。

私の様子を同じ表情のまま、彼はじっと見続けていた。

「…ディオ。」

そんな時、ディオの肩をレクティがポンと叩いた。

「なんだよレクティ…。」

不機嫌そうにレクティを振り返るディオ。

彼はそんな彼を見つめながら、いつもの様に冷静に言葉を綴る。

「アイリが気がついていないのは無理ないだろう…、そっちはそっちで色々大変だったみたいだからな。」

と言って、ため息を吐いた。

ディオと同じく、疲れきった表情をして。

「…いや、まぁ大変だったけど…。」

それとこれと、何の関係があるのよ。

頭の中に疑問符を山ほど浮かべて、私は彼らに再度問う。

すると彼らは互いに顔を見合わせて、同時にため息を吐いた。

「…だから何なのよ?」

はっきり言え、二人共。

私が眉根を寄せながら、二人に聞く。

彼らはそんな私の顔を見ながら、今度は視線のみ互いの方向へと向ける。

さすが幼馴染というか、視線と視線で会話しているのだろう。

しかし、そんな彼らの態度は私をさらに苛立たせた。

「…気付いて無いなら、その方がいい。」

レクティが心底嫌そうに私に言う。

すると今度はディオがため息をついて、私に話しかけた。

「あんなもん、知らない方が身のためだと思うぜ?」

頭をぽりぽりとかくその姿は、心底疲れきってますと言っているように見える。

その理由は私には分からないが、

「ああ、君があのことまで知ってしまっては…相当な痛手となるだろうな。」

と言っている辺り、レクティはその理由を知っているのだろう。

知っているというか、体験していたのかもしれない。

何せ彼も彼で疲れた様子を見せているのだから。

「…まぁ、なんだか分からないけど理解はした。」

私が微笑を浮かべながらそう言うと、彼らはまた同時にため息をつく。

疲労から来るものではなく、安堵によるものだという違いはあるけれど、同じため息。

どうやらその何かを知られるという事態は避けたかったらしい。

どういった事なのか私には分からないけれど、会話内容でそのことは推測できた。

「…あ〜…腹減った。」

クルリと私に背を向けて、ディオが言う。

彼は私が叩きのめした後ずっと寝ていたし、起きた後はすぐに現場に直行したのである。

お蔭で昼ごはんを一口も食していなかったりする。

その声を聞いて、レクティはお腹を押えた。

「…そういえば、僕もあまり昼食を摂っていなかったな。」

レクティも食べ始めてはいたのか、彼は元々食べる速度が遅い。

その上ディオに気を使いながら食べていたのである。

彼が摂取した食物量は、私が食べた量の半分にも満たないだろう。

そんな彼らがお腹がすいているのは、当然である。

今の時間は、日本の子供にとっておやつの時間に当たる。

そんな時間までご飯抜きで歩き回っては、お腹がすいていないほうがおかしい。

「…じゃあ、食いに行こうぜ…。 夜まで絶対もたねぇ気がする。」

「同感だ。 …ついでに宿も取ってしまうか。」

「あ〜、その方がいいかもな。 二部屋は取らねと…。」

「部屋が無くなって、あまり良くない宿に泊まって目をつけられたら面倒だ。」

男同士で宿の相談なんかしながら、前へと進んでゆく二人。

旅なんて二週間しかしていないのに、その会話は手馴れたものだった。

案外昔二人でどこかに遠出したことがあるのかもしれない。

そんな彼らの背中を、私は見ていた。

件の微笑を浮かべたまま、その場にじっと立つ。

十歩位距離が離れただろうか。

その頃になって、ようやく私は動き出した。

彼らの元へ…ではなくて、足を折って屈みこむという行動を。

そしてそのまま、私は地面に手をつけた。

確かに、私は彼らの話を理解した。

彼らが何らかの事をして、ディオとレクティがあんなに疲れているのだろう。

そして、二人はそのことを知られたくは無い。

私の心労が増すとでも思っているのだろう。

そのことは大変ありがたいし、嬉しいと思う。

しかし…皆さんは気付いているだろうか?

私は彼らに『理解した』と言った事を。

「…四番ピッチャー、愛璃選手…。」

私は妙なアナウンスをつけながら、立ち上がる。

表情は、もちろん先ほどの笑顔のまま。

しかし、内心は…正直腸が煮えているようだった。

確かに、何も言わないという事を理解はした。

理解はしたが ――――――― 納得したとは言っていない。

「大きく振りかぶって…。」

私は言葉の通りに、手を上に振り上げた。

そのポーズはさながら、野球のピッチャーの姿。

野球なんて授業でしかしたことが無いから、当然見よう見まねだ。

ここでもう一つ、皆様に考えてもらいたい事柄がある。

何故、私は先ほど笑顔のまましゃがみこんだのか、ということだ。

考え込むだけだったら、この場で立ち止まればいい。

元々しゃがむ必要が無い上に、考え込んでもいないのだからさっさとついて行けば良いのだろう。

しかし、そうはしなかった。

だってこのまま黙ってついてゆくだけなんて、何か癪だったのだ。

理解はしたのだから、とやかくは言いたくない。

しかし、納得していないのだから何らかの反撃をしてもいいではないか。

私はそう思って、笑顔だった表情を真剣なものへと変える。

そのまま数瞬間、私の周りの時間が止まり ―――――

「――――― 投げましたッ!!」

いつもより数段大声を張り上げる私。

周りの市民やら罪の無い子供やらが見ているが、そんなことは関係ない。

私は私の思った通りに生きたいのだ。

だから、これは正当な行為なのだ。

何も教えてくれない彼らに、長さ三十センチ程の木の棒を投げつける、なんてことは。


一秒もかからない後。

私が投げた木の棒は、狙ったとおりに彼らの後頭部にぶち当たる。

後ろ頭を押えて、レクティがにっこり笑いながら振り返る。

私はそんな彼に、冷や汗を流しながら同じように微笑み返した ――――



――――― その後彼がお昼ご飯を置いてまで説教しだしたなんてことは、言うまでも無い。





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