第三章
 3 何、この状況。



レスティネートの中のとある食堂。

私達は、その中心にあるテーブルに腰を下ろしていた。

昼夜の間な時間帯であるためか、食堂内に人は殆どいない。

お陰でいつも騒がしいであろうここは、今はとても静かに…、

――――――――― 私の唸り声だけが響いていた。

「………。」

「…はぁ…。」

そんな私を見つめる、ディオとレクティ。

その表情に浮かぶのは、呆れのみ。

無言とため息という違いはあるけれど、二人とも全く同じ反応である。

さすが心の友!

…と、普段ならからかっている所かもしれないが、今日のところはそんな暇も無い。

私はそんな左右から浴びせられる視線を一切無視し、それを見つめ続ける。

手に握られた、一枚の紙。

それはこの世界の文字で書いてあるため、私には全く理解不能な代物だ。

まだこの世界に来て二週間程しか経っていない。

そんな短期間にこの世界の文字や単語を全て覚えることなんて無理に等しい。

あまつさえ、私は言語というもの全体が苦手ときている。

高校の期末試験等では日本語だけで精一杯だった為に英語を捨てたくらいである。

そんな私が、こんな文字列を読めるはずが無い。

そんなことは私にだって分かっている。

しかし、読めなくとも立ち向かわなくてはならなかったのだ。

この紙切れの中身が読めるかどうかで、私の運命が決定するのだから。

「…何かこのあたり見たことあるような…無いような…。」

私は剣術の稽古をするとき並みに集中して、まっすぐに見つめる。

それだけでこの文字が分かるようになったらどんなに楽だろうかと、何度思ったか。

しかし、それはどんなに祈っても小難しい文字列のまま。

言葉は分かっても文字が読めないなんて、なんて仕打ちだろう。

神様はそんなに私を苛めたいのだろうか。

この時間を迎えるたびに、私はいつも思う。

―――――――― レストランのようなところで、メニューを見るたびに。

「あ〜…駄目だ!」

私はポイっと、メニューを机の上に落とした。

そんな私に、レクティはため息を吐きながら言う。

「…諦めるのか?」

「うん…もういい。」

そんな彼に、私はとても悔しげに答えを返す。

本当は私だって文字を解読して注文したい。

しかし、数個の単語しか覚えていない状況では無理な話である。

相手は苦手なだが少しは見知った英語ではなく、見知らぬ異世界の文字。

いくら頑張っても、読めないものは読めない。

誰かに読んでもらえばいいのかもしれないが、それはそれで面倒だ。

いちいち読み上げられた物品を、短期とはいえ覚えておかなくてはいけないのだから。

私は背もたれに寄りかかりながら、ヒラヒラと手を振ってみせた。

「…じゃ、ディオと同じもので…。」

「え?」

「レクティの食べるものじゃ足りないと思うし。」

と、私は少々不機嫌そうに言う。

男だと言うのに、レクティはかなり小食なほうである。

さすがに一食分コンビニで売っているサンドイッチくらいの量をは食べている。

男性としてはかなり少ないほうだろう。

しかも、私達は今現在旅をしているのだ。

日々平原やら街道やらはたまた山道やらを歩き回っているというのに、どうしてそれで足りるのか。

ご飯はきちんと食べないとやっていけない私には信じられない食生活である。

彼が何を頼んだのか言葉の壁により私には分からなかったが、
普段の行動を見れば絶対に量の少ない料理だと用意に想像できる。

そんなものにあわせられるほど、私の胃袋は甘く無かった。

「確かにレクティのじゃ足りねぇと思うが…ちゃんと選んだらどうだ?」

「だって面倒だし。」

きっぱりと、私が言い切る。

すると彼は呆れたように微笑んで、

「…知らねぇぞ?」

と、意味深な発言を残して手を上げる。

店員さんを呼ぶための動作であるが、その表情は何故かとても楽しそう。

彼が何故そんな顔をするのか、私には分からない。

しかし空腹の上文字との格闘で疲れた私にとって、そんな些細な事はどうでもいいことだった。

私は店員にメニューを指し示す様を横目で確認してから、レクティへと視線を移す。

「…で、これからどうするの?」

これは当然の質問である。

元々、私達は私を元の世界に戻すために旅に出たのである。

そうであるのに、この二週間全く何の手がかりも掴んでいない。

もちろん、行く先々で方陣魔法の研究者は探しだした。

しかし今まで会った数人の研究者に聞いても、殆ど何の手がかりも無かったのだ。

分かったのは、『方陣魔法』とは使い手すらまれな術である事くらいである。

詳しい事は私には良く分からないが、何でも『術式魔法』というものよりも使い勝手が悪いらしい。

術式は文字通り呪文で発動する、RPGなどでよく見かけるタイプの魔法。

知識を詰め込んだりすれば、魔法が発動することが多いらしい。

対して方陣は、地面に小難しい図形などを書いて魔力を注ぎ込んで行う魔法。

ちょっとでも間違いが生じたら、暴走するか無反応かの二択だとか。

どっちが便利かなんて、素人の私にだってすぐに分かる。

「…そうだな…。」

レクティは顎に手を添えて、少々考え込む。

私はそんな彼を今度はテーブルに手をついて寄りかかりながら見ていると、

「やはり聞き込みから入るしかないんじゃないだろうか?」

と、極々当たり前の答えが帰ってきた。

私はその答えを聞いて、ガクッとテーブルの上に突っ伏す。

「やっぱり…?」

「というか、それくらいの手しか無いだろう。」

有名な方陣魔法研究者など、まれだぞ?

そう言いながら、レクティは予め出されていた水を一口飲み込む。

私はそんな彼からも目線をはずす。

そして食堂の窓から見え隠れする空を見ながら、ため息を一つ吐いた。

そんなこと、今までの成果から多少の予想はついていた。

しかし予想がついているのと事実を突きつけられるのとは話が違う。

予測していても、厳しい現実と言うものはやはり辛いものなのだから。

「あ〜…探すの面倒くさい…。」

「ってオイ、お前にとってはかなり重要なことだろうがコレは。」

思わずツッコミを返す、ディオ。

「…まぁ…そうなんだけどねぇ…。」

私は虚ろな目を遠くに向けながら、言う。

確かに、方陣魔法研究者を探し当てるということは私にとってはとても大切である。

何せ自分が元の世界に帰れるかどうかがかかっているのだ。

人生のキーポイントと言っても過言ではない。

しかし ―――――――

「しらみつぶしに探すの…すっごい面倒。」

唇を尖らせて言うと、ディオはガクッと身をテーブルに沈めた。

そんな事をされても、これが私の本心だ。

今まで何の手がかりも見つけていない。

探し回ったのは二週間程度ではあるが、これが現状である。

先のことなど推して知るべし、であろう。

そんな私に向かって、レクティはまたため息を一つ吐く。

「…何?」

私はそんな彼に対して、眉根を寄せる。

するとレクティは苦笑いを浮かべて、

「…いや、君は相当疲れているのだなと思ってな。」

と、答えた。

私はそんな彼に、嫌そうな視線を返して、

「思い出させないでよ…。」

と、視線すらもテーブルに向けた。

思い出すだけで疲れが出る、彼との出会い。

せっかくメニューが読めなかったことなどで忘れていたのに、思い出してしまった。

あまりいいとはいえない出会いだったと思っているのに、である。

テーブルに突っ伏したとしても、文句が言えないことであろう。

そんな私の耳に、レクティのフッと笑ったような声が届く。

「君にしては珍しく苦手意識があるんだな…。」

苦笑いでも浮かべていのだろうか、ということが読み取れる声の調子。

ということは、レクティも彼のことが苦手だと感じたのだろうか。

私はそんな彼に対して、まずはため息で答えを返す。

よく考えてみて欲しい。

初対面でなんだか興味を持たれて、全身ジロジロ見られた挙句に質問攻めだ。

そんな相手に、どうして好意的な感情を抱くことが出来ようか。

いくら私が美形好きだからといっても、はっきり言って無理である。

「私にだって選ぶ権利はあるんですよ、おにいさん。」

確かに、セルク氏はとてつもなく美形であると思う。

というか、美形の手本のような人だろう。

しかし何かを見定めるような、あんな視線は正直苦手だった。

たった一回の付き合いなら我慢できるが、これから友達としてよろしくやるには御免こうむりたい。

そんな私を見て、またもレクティはため息を吐き、

「同感だ。」

と、自分の意見を率直に述べた。

どうやら、表情から何を考えているのか読まれたらしい。

自分でも嫌そうな表情をしているだろうと思っていたから、まぁ納得ではあるが。

そこへ ―――――――――

「お待たせしました〜♪」

この場の雰囲気にあまり似つかわしくない、能天気な声が響く。

顔を上げてその声の主を確認すると、そこには可愛いエプロンを身につけた女の子が一人。

どうやら店のウエイトレスらしい。

元気そうな笑顔が印象的な、エプロンと同じように可愛い顔立ちの子である。

私はそんな彼女の姿を見て、姿勢を正した。

彼女が手にしている皿の数は、二つ。

こういった所で同じものを頼んだ場合、同じ時間に出されるのが世の常だ。

ということは、普通に考えればディオと同じものを注文したあれが私のご飯なのだろうと思った。

ならば姿勢を正して美味しく頂くというのが、ご飯に対しての礼儀だろう。

私はそう思って、何が出てくるのかわくわくしながら膝の上に手を置いた。

女の子は件の営業スマイルを浮かべたまま、私の前に皿を置く。

――――――― その瞬間、私の脳内活動が停止した。

「どうぞ〜。」

女の子が同じように、ディオの前にもう一つ皿を置く。

ディオはその皿を見ながら、満足そうに微笑んだ。

それは、彼の魅力を引き出すのに十分なもの。

いつもの私なら何かしら言っているところだろう。

しかし、今はそんなことに気を廻らしている場合ではなかった。

「…ディオ?」

私が引きつり笑いを浮かべながら、彼に問う。

すると彼は右手にスプーンを持ちながら、

「何だ?」

と、不思議そうに返してきた。

私はそんな彼を、同じ表情のまま見つめる。

そしてそのまま、目の前にある皿を指差した。

「これは…何?」

それは、今日の私の昼ごはんが乗った皿。

先ほどウエイトレスさんから渡された、私の料理。

ディオと確かに同じ内容の、生活の糧。

しかし、それは私が思い描いていたようなご飯とは異なっていた。

「何…って、オムライスだろ?」

当然という態度で、ディオは私に言い返す。

確かに、彼の言うとおり目の前にあるのはオムライスである。

ふわふわな卵に包まれた、デミグラスソースの乗ったおいしそうなオムライス。

普段なら私も大好きな、この料理。

しかし、今回ばかりは仕様が違っていた。

――――――― 何せ、普通の分量の約5倍はありそうな量なのだから。

私はただ呆然と、それを見つめる。

すると、目の前にいるディオはとても嬉しそうな声でこう答えた。

「オムライス五人前、10分で食い切れたら賞金が…ってな。」

よくあるだろう? と言いながら彼がウエイトレスに目配せする。

すると彼女はにっこり微笑んで、

「それでは…始めッ!!」

と、元気良くスタートの合図を言った。

するとディオは良くご飯を噛みもしないで食べ始める。

その姿は彼の家族の前では見せなかった食べっぷりである。

よほどお腹がすいていたのだろう。

私はそんな彼と、自分の目の前に置かれたオムライスを交互に見た。

そんな私を見かねてか、

「…残していいぞ?」

と、レクティの呆れた声が私の耳に届く。

彼はディオが何を頼んだのか、分かっていたのだろうか。

いや、正確には何を注文するかは知らなかったのかもしれない。。

彼らは十数年来の友人同士である、知らなかったとは言え予想はついていたのだろう。

確信はもてなかったから止めはしなかった。

おそらくこういうことなのだろうと、分かっている。

しかし、その声が私の心に火をつけた。

「…ッ!」

私はキッと真剣そのものにオムライスを睨みつける。

剣術の稽古をするような鋭利な視線を。

そして、右手は静かにスプーンへと伸ばす。

まるで刀を抜くよな動作の如く、滑らかなそれ。

全てを倒すと、心に決めた瞳。

私は誓ったのだ。

――――――――――― 絶対食いきってやる、と。



ゆらゆらと、光が眼下にちらつく。

それはとても、暖かい光。

私を包み込むような、そんな優しいもの。

私はそれを心地良いと思って、ずっと見続ける。

相当に眩しい光であるのに、なぜか平気だったのだ。

光は私を導いてくれる、そんな気がしたから。

私はずっと、それを見続ける。

おそらく全てがそのままだったのなら、ずっとそれを繰り返していただろう。

しかし、時とは移り換わり行くものだ。

光は徐々に収束し始めて、あたりの光景が映し出される。

やがて光が完全に消えたその時、私の目にはその場所が映った。

「…あれ?」

私はきょとんとして、あたりを見回した。

自分の目の前に広がる光景、それが今まで私が目にしていたものと異なっていたから。

私は先ほどまで、宿にいた。

どうして方陣魔法の研究者について、町に聞き込みに行っていないのか。

その理由は簡単だ。

確かに、私だって食堂を出たらすぐに外に向かってディオたちと共に探し求めていただろう。

しかし、食堂で出された巨大オムライス。

これに問題があった。

あそこで出されたものは、大食い記録用のしかも時間制限付きのオムライス。

当然男性をターゲットに作られており、量もかなり多い。

それを私は不可抗力とはいえ頼んでしまい、あまつさえ食べきってしまったのである。

それでは、日常生活にも支障が出てもおかしくないだろう。

だから、私は早々に宿に帰って寝ることにしたのだ。

探し回ってるディオとレクティには悪いとは思ったのだが、こんな体調で探し回られても彼らも迷惑だろう。

何せ宿につくまでの100メートルもろくに進めなかったくらいだ。

探し回っても足手まといになるのが関の山。

そう思って、さっさとベットの中に入ったというのに、

「…何、ココ。」

私は呆然と、呟いた。

自分の目の前に広がっている光景が予想としていたものと違っていたから。

田舎に帰ってきたら妙に都会になっていてビックリとか、そんなレベルじゃない。

何せ寝る前に普通の壁だと思っていた方向に、草原が広がっているのだから。

驚くな、と言ったほうが非常識であろう。

しかし、大混乱というほど混乱していないのもまた事実である。

確かに、突然のことだからビックリしてしてはいる。

だからといって、天地がひっくり返るほど驚いているわけではなかった。

私はこの光景に、見覚えがあったから。

「…例の夢…だよね?」

私は私に問いを向ける。

そう、この光景は私が見た夢の光景にとてもよく似ていたのだ。

三百六十度に広がる草原も、遠くに見える町並みも。

そして、その場に佇む青年すらも。

「…。」

私は、無言でその場に腰を下ろす。

特にお腹が苦しいという訳ではない。

ここが夢の中だからだろうか、そのような圧迫感は全く感じられなかった。

では、なぜ私はそこに腰をおろしたのか。

理由は簡単だ。

何をしても、この中では何も変わらないと知っていたから。

以前同じような夢を見たときも、何か変化できないかと色々やってみた。

しかし、やろうと思っても身体は動かず光景もずっと一緒。

その内何かをすることすら諦めて、ただ夢から覚めるまで待っていた。

だから、私は安定した所で彼を見続けようと思ったのだ。

この世界に来てから、なぜかこの夢を見ることはぱったりと途絶えていた。

だから顔が見れないことを知っていたから、せめて後ろ姿だけでも見ておこう。

もしかしたらこれが見納めかもしれないから

「…。」

しかし、本当に彼は鈍い。

私が穴の開くほど見ても気付いてくれない。

別にそれが不満と言うわけでもないが、少々悲しい。

私は、彼の後姿しか知らないのだ。

内面、とまでは言わないがせめて外見全体を見せて欲しいものである。

絶対美形であるというオーラが背中からも感じられるのだから。

最近出会う人それぞれが美形であるから、いいではないかと思う人もいる。

しかし、人それぞれ顔立ちが違うのだ。

一括りに美形といっても、様々なタイプがいる。

そんな彼らを見飽きるなど、美形観察を趣味に持つ私にはありえない。

だからさっさと顔を見せてくれという祈りを込めて、その背中を見続ける。

すると、前の夢のようにゆっくりとこちらを振り返る彼。

それはいつもの夢の状況と、全く同じ。

みつあみにした金色の髪が、風にさらさらと揺れる。

草原の緑と金が合わさり、どこか幻想的な風景となる。

そんなところまで、完璧に一緒。

ああ、もうすぐ私は夢から覚めるんだ。

そう思って、瞳を閉じる。

この光景を見た後、私はいつも勝手に暗闇に落ちていた。

自分の意思とは無関係に訪れる、後ろ姿しか知らない青年との別れ。

突然に顔すら知らない彼との時間が終わるのは、いつも癪だった。

だから、私は自分で終止符をうとうと思ったのだ。

今日はいつもより、自由が利くから。

そういうときぐらい自分で夢から覚める時を選びたい、そう思って。

―――――――――― しかし

「…お前は…誰だ?」

突然耳に響く、聞きなれない声。

私はそれに驚いて、思わず目を見開く。

すると、そこにいたのはある意味予想通りの人物。

私がずっと、後姿ばかり見ていた男性。

彼が、私の目の前に立っていたのである。

…それも、真正面を向いて。

「聞こえている…か?」

彼は少々戸惑いながら、私に問いかける。

想像した通りの綺麗な顔立ちを、私に向けている。

この草原を彷彿とさせるような翡翠色の瞳で、私を見つめている。

私が、見えている。

「…。」

私はそんな彼の視線を受けて、思わず空を仰ぎ見る。

なぜ彼が私に話しかけているのか。

なぜ今更彼に私が見えるのか。

これは夢の中の話であるのに、おかしい出来事だ。

しかし、考えても考えても分かるはずが無い。

こんな体験したことが無いし、見たことなければ聞いたことも無い。

そんな条件で、何が分かるというのだろう。

「…何、この状況?」

私はその体制のまま、自分の本心を青い空に向けて解き放つ。

―――――――――――― 返って来るのは、太陽の光ばかりだった。





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