第二章
 3 一難去ってまた一難



颯爽と町を走り続ける二人。

重力も抵抗も感じていないかのように、人々の間をすり抜けて。

その姿はまるで吹き抜ける風のようで、その気配に周りの人々は彼らのほうを向く。

しかし次の瞬間には角を曲がったり人の陰に隠れてしまったりで、今感じたものは幻なのかと戸惑う。

それほど二人は速く走っているのだ、分からないでもない。

…しかし、問題がひとつだけある。

「(ど…どこまで走るのかなぁ…?!)」

走っている当の本人のうちの一人、裕璃すらも戸惑っているという点だ。

裕璃は元々運動部であるから、走りこみなどにも慣れてはいる。

しかし今のペースはその時彼女が走っているペースよりもいささか速い。

しかも今彼女は左右に合計四つの荷物を抱えているのである。

これで走れと言われても無理がある。

「(…さすがに、そろそろ限界なんだけれど…。)」

彼女は心の中で涙を流しながら、思った。

今の所気力と根性とで何とか補っているが、はっきり言って体力的にそろそろキツい。

裕璃はこれ以上苦しくならないように、少年に声をかけた。

「…ねぇ!…ハァ…どこまで行くの?」

息も絶え絶えに聞くが、少年は前を向いてひたすら走っている。

声が聞こえなかったのだろうかと思い、裕璃はもう一度声をかけることにした。

「ねぇ…ねぇってば!」

今度は、握られた手を引っ張ってみる。

しかし、その行動はあまりに唐突過ぎた。

今まで少年は前に進むことしか考えていなかった。

そこへ思ってもない方向から力を加えられたのである。

しかも、裕璃の力は年下でなおかつ身長が彼女よりも五センチは低い少年よりも強い。

結果―――――

「え?!」

少年の重心が傾く。

走ることにだけに意識をおいていたため、突然裕璃が引っ張ったことによって体のバランスが崩れたのである。

裕璃が引っ張った方向、要するに後ろに。

裕璃はあわてて少年を受け止めようとする。

しかし今まで彼女も走っていたのである。

そんな状況で、しかも女の力で一瞬のうちに支えられるものでもない。

当然、裕璃も少年と一緒に地面に倒れこむことになり…


ドサッ!!


そのまま地面に倒れこんでしまう。

「!!」

裕璃はその衝撃に声に出さないように悲鳴を上げた。

あまり速度は速くなかったとはいえ、背中から地面に叩きつけてしまったのだ。

それなりの痛さはある。

「! …あれ?」

それとは逆に裕璃の腕の中にいた少年は間の抜けたような声を出す。

どうやら倒れこんで自分はいたい思いをするだろうと思って、身構えていたらしい。

裕璃はその様子から少年が怪我をしていないのだと知り、ほっと息を吐いた。

「大丈夫…だよね?」

裕璃は確認のために少年に問いかける。

「うん…ってお姉さん?!」

少年はあわてて自分の後ろを振り向く。

彼の目線の先には当然のように裕璃がいて、自分はまったく地面に触っていなくって。

そこで初めて、自分が彼女に庇われたのだということに気がついた。

「だ…大丈夫?!」

少年はあわてた様子で裕璃に問う。

裕璃はそれに息が絶え絶えになりながらもにっこり笑って、

「大丈夫、荷物なら割れ物は殆ど入ってないし…。」

「そのことじゃなくって、お姉さんの方だよ!」

見当外れな答えに、少年はますます焦る。

裕璃はああそっちの方かと困ったように笑う。

「大丈夫、…ふぅ…それに引っ張ったのは私だから、自業自得だよ?」

少年はそれを聞いてますます心配そうな表情になってしまう。

「…それって…ちょっとは痛かったってことだよね?」

「え…。」

裕璃はそう言われて思わず言葉を詰まらせる。

正直者な彼女はとっさに否定することができなかったのだ。

少年はそんな彼女の様子に顔を曇らせる。

「…ごめんね、お姉さん。」

裕璃はシュンとしてしまった少年に少し焦ってしまう。

「だ…大丈夫! 大丈夫だから…ね?」

裕璃は必死になって言いつくろう。

まさか少年が落ち込んでしまうなんて思わなかったから。

そんな思いが、彼女をそのような行動に出させたのだ。

少年は初めそんな裕璃の行動をきょとんとした様子で見ていたが、

「…お姉さんって…。」

「?」

「やさしいね。」

少年はとても可愛らしく笑った。

「…え?」

裕璃はぽかんと声を上げた。

その行動が少年の笑みをますます深くさせる。

「僕はリオ。 お姉さんはなんて名前?」

少年はそのままひらりと裕璃の上から退き、裕璃に手を差し伸べる。

「え…私は裕璃…。」

「そっか、ユーリお姉さんか。」

条件反射のように裕璃はその手を取って立ち上がると、少年はそのまま裕璃を道の端へと連れて行った。

裕璃は訳が分からなかったがとりあえずついていくと、少年は彼が持っていた荷物をその場に下ろして、微笑をたたえたまま裕璃に言う。

「お姉さん僕のせいで走り疲れたでしょ? ごめんね。」

「え…そんなことは…。」

ない、とは正直者な裕璃にはさすがに言えなかった。

少年 ―――― リオはそれに気を悪くした様子もなく、

「ごめんね、振り切るため必死だったからちょっとスピード出しすぎちゃった。」

と言って、そのクルリと裕璃に背を向けた。

「ちょっと露天で飲み物買ってくるから、そこでまっててね!」

言いながら裕璃に後ろ手を振る。

そしてまた、風を切って走っていった。

そんな彼の後ろ姿を裕璃はただ呆然と見つめていた。

「…君の方が…やさしいと思うんだけど…。」

と、結構無自覚な事を呟きながら。



「はい、お姉さんどうぞ。」

「ありがとう、…えっと、リオ君?」

裕璃がリオの名前を呼びながら差し出されたものを受け取ると、彼はにっこりと笑った。

そんなに笑われると照れてくるのだけれど、と裕璃は思いつつ彼に渡された紙コップを見る。

中身は黄色い飲み物のようで、色から推測すると柑橘系だろう。

「いただきます。」

裕璃はそのまま、それを一口飲み込んだ。

瞬間、その飲み物の味が口の中に広がる。

大元の味は予想していた通り、柑橘系。

しかしかすかに他の味も感じられることから、どうやらミックスジュースらしい。

何が入っているのかは、色々な味が混ざっているため残念ながら分からない。

けれどただひとついえることがあった。

「…おいしい…。」

色々な味がマッチしているそのジュースは、今まで飲んだものの中で一番美味しかった。

裕璃が無意識のうちにポツリと呟かせるほど。

リオはそんな裕璃に満足そうに微笑む。

「でしょ? おいしいって評判みたいだったから買ってきちゃった。」

と言って自分もそれに口をつける。

裕璃はそんなリオの言葉に疑問を持つ。

「学校の友達に聞いたの?」

と裕璃が聞くと、彼は曖昧に微笑んで、

「ん〜…まぁそんな所かな?」

と言う。

どうしてそんな風に微笑むんだろうと裕璃が思っていると、

「僕、学校行ってないから。」

と、少しさびしそうに答えるリオ。

裕璃はその様子に少し戸惑ってしまう。

「ご…ごめんね、変な事聞いて…。」

裕璃がどうやって慰めればいいかおろおろしていると、リオは言った。

「いいよ、気にしないで。」

「でも…。」

「事実だし、…それに。」

リオは今度は満面の笑みを浮かべて、裕璃に言う。

「僕が学校通ってたら今頃授業受けてた。
 それじゃあお姉さんに会えてなかったしね。」

「え…。」

裕璃はリオの答えに戸惑う。

まさか自分より年下の男の子に口説き文句のようなことを言われるとは思ってなかったのである。

そのためどうやって返したらいいか、裕璃は分からなかったのだ。

リオはそんな彼女を見て、

「あ、ナンパじゃないからね。 お姉さん。」

と言った。

裕璃は顔色でも読まれたのだろうかと少々恥ずかしくなる。

そして今度はカップに口をつけて中身のジュースをゴクゴクと飲み干す。

ちょっとでも恥ずかしさを抑えたかったのだろう。

「…それじゃあ行こっか、お姉さん。」

少年はいつの間にかジュースを飲み終わっていて、裕璃に声をかける。

「行くって…どこに?」

裕璃が不思議そうに聞くと、少年は人差し指を立てて言った。

「もちろん、お姉さんの家に。 送ってくよ?」

裕璃はその言葉に驚いた。

「え、いいよ! そこまでしてもらわなくても…。」

ただでさえ助けてもらったというのに。

これ以上迷惑なんてかけられない、裕璃はそう思ったのだ。

「でも、荷物一杯あるし、一人じゃ持って帰れないでしょ?」

リオに言われて、裕璃は言葉を詰まらせた。

確かに、合計七個の袋を抱えて家まで帰るなんて、裕璃には無理だった。

それを考えと手伝って貰ったほうが楽ではある。

裕璃はそれでも迷惑になることを気に病んだ。

少年だって遊びたいはずだ。

自分と関わって面倒な荷物運びをするよりも、遊んでいたほうが彼は楽しいはず。

その楽しいという彼の貴重な時間を自分が割いてしまって果たしていいのか。

裕璃は悩みだした。

「それに、僕お姉さんともっと話したいんだけど…。」

駄目?

そんな風に上目遣いで頼まれる。

さすがにそこまでされたら裕璃には断れない。

彼女はリオに向かって、

「それじゃあ、…お言葉に甘えていい?」

というと、彼は嬉しそうに目を細めた。

「うん! それじゃあ、行こっか!」

リオは先ほどまで持っていた紙袋を三つ抱えて、さらに裕璃のものも持とうとする。

「あ、大丈夫。 これくらいなら持てるよ。」

今まで走ってきたしね、と裕璃がリオに言う。

彼はどうやら全部運んでやりたかったらしく、少々不服そうだ。

でも、さすがにこれ以上は無理なんじゃないだろうかと裕璃は微笑みを浮かべ、

「気持ちだけ受け取っとくね、ありがとう。」

と言うと、彼は一瞬きょとんとしたが嬉しそうにはにかんだ。

「それで、ユーリお姉さんの家ってどこ?」

「えっとね…。」

そこで裕璃は、気づいた。

よく考えたら、自分は町に出たのは初めて。

家から店までの道なら覚えていたし、広場はその途中にあった。

あそこにいたのなら、自分が覚えていた通りに帰るだけであるし、間違いなく帰れただろう。

しかし、裕璃はかなりの距離を走ってきたのだ。

自分で知りもしない道を、ひたすら永遠と。

しかも走るのにあまりに必死だったから、どこをどう曲がってきたのかなんて覚えていない。

さらに言うなら、この買い物は突然決まったことだったので事前に地図を見ることもできなかったのだ。

ゆえに、それは必然だった。

「…えっと…ここ、どこかな?」

裕璃は冷や汗を流しながら、リオに聞いた。

リオの笑顔が、そこで凍りつく。

「…お姉さん?」

「…帰り道、分からないや。」

二人の間に、沈黙が走る。

―――――この世界に来て早三日、裕璃は完全に迷子になっていた。



「え、じゃあユーリお姉さんってこの国の人じゃないの?」

「うん、そうなんだ。」

裕璃は苦笑にも似た笑みを浮かべて、リオに言った。

その後、とりあえず公園まで戻ってみればいいのではという案がリオから出された。

確かに、分からなくなったら一度戻る事が迷子解消の秘訣ではある。

裕璃は公園に出る道すら分からないが、リオはこの辺に詳しいらしく案内してくれているのだ。

もちろん先ほどのナンパ男達に出会う可能性も十分にある。

しかしその事をいくら考えても埒が明かないので、出会ったら出会ったでどうにかすることにして出発したのだ。

そこで歩きながら色々雑談を交わしていて、いつの間にか裕璃のことになっていたというわけだ。

「へ〜、この辺りには中々ない名前だと思った。」

どの辺りの国なの? とリオは続けて聞いてくる。

その質問に、裕璃はどう答えていいか分からなかった。

どの辺りの国と言われても、そもそも裕璃はこの世界に住んでいたわけではない。

遠いのか近いのかは分からないが、彼女は三日前までは確かに地球にごくごく普通に暮らしていたのだ。

それなのに、どの辺りの国かと言われても正直困ってしまう。

まさか今日初対面の少年にいきなり、

「お姉さんは異世界から来たのよ。」

なんて事は言えるはずがない。

裕璃は少し困った表情で言った。

「ん〜島国なんだけど…、小さい所だから分からないと思うよ?」

「そうなんだ、じゃあアクアディア諸島あたりかなぁ…。」

と、ブツブツと呟きだすリオ。

深く聞かれないことに、裕璃はほっと息を吐いた。

「リオ君はこの国に住んでるの?」

今度は裕璃がリオに質問をした。

するとリオは嬉しいそうに笑って言う。

「うん。」

「そうなんだ、どんな家に住んでるの?」

と言うと、リオは少し表情を曇らせる。

「ん〜…ちょっと一般とはずれてる家庭かなぁ? 僕…ある意味では愛人の子供って言えるし。」

「え…。」

もしかして、私触れちゃいけない話題に転換しちゃった?!

裕璃はそう思って、どう返事していいか分からなかった。

「(…えっと、さらに話題そらしたほうがいいよねぇ…。どうしよう…?!
 前の話題に戻したら…ああでもそれだと私が困るし…。)」

そんな事を考えている彼女をリオはただ見つめていた。

そして次の瞬間、思わず噴出してしまう。

「…?」

裕璃はなぜリオがそんな行動をしたのか分からず、きょとんとした目で彼を見つめる。

「お…お姉さんの百面相、面白〜いっ!」

「り…リオ君!!」

裕璃は焦ったように声を出す。

しかし、今度は表情が赤面しており、さらに違う変化を見せられて逆にリオの笑いを増幅させる結果となってしまう。

一通りリオが笑い終えた後、

「ご…ごめんね、お姉さん。」

と、少し落ち込んでしまった裕璃に向かって謝る。

「でも、気にしなくていいんだよ。 別に修羅場じゃないし。」

「…でも。」

「それに、僕腹違いの兄様好きだから、そのお母様のことももちろん好きだしね。」

あっちも大切に扱ってくれるよ、と笑って言うリオに、裕璃はようやく微笑を浮かべた。

「へぇ、お兄さんがいるんだ。 どんな人?」

と聞くと、リオは満面の笑みで答えてくれた。

「やさしくてカッコいいんだ。 よく僕と遊んでくれたし。
 …ちょっと変な所があるけど、そんな所も結構気が合うし。」

と、その口調もとても嬉しそうで、本当に兄のことが好きなのだと言うことが分かる。

「お姉ちゃんは? 兄弟いるの?」

と、嬉しそうに聞いてくるリオに裕璃も笑って答える。

「うん、妹がいるよ。 …といっても双子のだけど。」

その瞬間、リオは目を輝かせた。

「双子?! いいなぁ、うらやましい〜!!」

「そう?」

「うん、だって生まれた瞬間から自分の友達がいるんだもん!
 それって何か楽しそう!!」

と言われて、裕璃は考え込んだ。

確かに、愛璃とすごした日々は楽しかった。

一緒に遊んだり、勉強したり、泣いたり、笑ったり。

まぁ、喧嘩もたまにしたけれど。

それでも、その日々はとても楽しかった。

裕璃にとって愛璃は妹と同時に親友のようなものなのだ。

「うん、とっても楽しいよ。」

と、笑いながら言う裕璃。

「ねぇ、お姉さんの妹ってどんな人?」

リオは不思議そうに裕璃に聞いてきた。

「ん〜…そうだね、面白くて、結構やさしくて、いい加減に見えて正義感が強くて、明るくて…。
 で、やっぱりちょっと変…かな?」

「へ〜、じゃあ僕の兄様とちょっと似てるかも。
 妹さんは、やっぱりここにいるの?」

「ううん、私の国にいるんだ。」

と言うと、リオは嬉しそうに笑った。

「そうなんだ、僕の兄様も今旅をしてるから、もしかしたら会ってるかもね。」

裕璃はそれを聞いて、さすがにお兄さんは日本には行けないだろうとは思ったが、

「そうかもしれないね、意外と気があうかも。」

と、会っていたら何か面白い状況になりそうだと思って言った。

リオはそれを聞いてからちょっと悩んで、

「…でももしかしたら兄様が一方的に嫌われてるかも。」

と、苦笑しながら答える。

裕璃はなぜそんなことが言えるのかを不思議に思って、

「どうして?」

と、素直に聞いてみる。

「だって、多分お姉さんの妹より数段変だと思うから。」

リオはますます苦笑いを深くした。

「…私の妹も本当に変だよ?」

と、日ごろの彼女の行動を考えながら言う。

大切な妹だが、彼女は普段から妙な行動が多かった。

二年前に彼女の部屋を掃除していたら、拳型の穴が発見されたことなんて記憶に新しい。

ここ一年で彼女が行ってきた妙な事は、裕璃が知っているだけでも両手で収まりきらないくらいだ。

自分の知らない所で何か他にもやってしまっているだろう、と裕璃は今更思い至ってついついため息をついた。

「何か…お姉さんも色々大変みたいだね。」

と、ずっと彼女を見ていたリオに慰めの言葉を貰って、裕璃は苦笑いを浮かべる。

確かに彼女のおかげで色々大変だったこともあった。

双子だったおかげでセットで先生に怒られることもあった。

双子だったからちょっと苛められたこともあった。

「…でもね。」

どんなときでも、裕璃は愛璃が大好きだった。

迷惑もかけられたし一緒に罰も受けさせられたけど、それでも彼女には掛け替えのない妹だった。

いつも一緒にいてくれた、そんな愛璃が今でも大好きなのだ。

「…でも、私には大切な人なんだよ?」

と、笑って言うとリオはちょっとびっくりしたような表情になる。

しかし、徐々にその顔は笑顔になっていく。

「うん、僕も兄様が大切だからよく分かる。」

そう言った時、リオはとても嬉しそうだった。

と、その時 ―――――――

「―――― 裕璃ちゃん!!」

ここ三日間で慣れ親しんだ声に裕璃は後ろを振り向いた。

「修司君!」

裕璃は思わず大声で彼の名前を呼んだ。

修司は裕璃の声に答えるかのように裕璃の方へとに走ってくる。

やがて裕璃の側に修司が辿り着いたとき、彼女は彼に聞いた。

「どうしてこんな所に?」

修司は裕璃に向かって思わず苦笑を浮かべる。

「エスメラルダさんに応援頼まれたんだけど…、言われた広場にいなかったから探しに来たんだ。」

それを聞いて、裕璃ははっとした。

確かにエスメラルダは誰か応援を呼んでくると言っていた。

それを一連の事件ですっかり忘れていたのである。

「そうだったんだ、ごめんね? 迷惑かけて…。」

裕璃がすまなそうに言うと、修司はちょっと焦りながら言った。

「いや、大丈夫だよ。 探そうと思った通りの一本目で見つけられたし。」

ね、と言って笑いかける修司。

そんな彼につられて、裕璃も思わず笑みをこぼした。

すると突然、裕璃の左腕が引っ張られた。

なんだろうと思って視線を移すと、そこには手に抱きつくようにしているリオ。

どうやらリオが引っ張ったらしい。

「どうしたの、リオ君。」

裕璃が聞くと、リオは真剣そのものに彼女に聞いてきた。

「お姉さん、その人ユーリお姉さんの彼氏?」

「「え?!」」

二人の驚きの声が思わず合わさった。

まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのである。

「どうなの?」

と、リオがにっこりと笑顔で修司の方を向きながら聞いてくる。

「え…や…その…。」

裕璃に少なからず好意を持っている修司はなんとも否定できない。

一方裕璃は一時びっくりしていたものの、

「あはは、違うよリオ君。 私と同じ所でお世話になってる修司君って言うの。」

にっこりといつもの笑みを絶やさないまま、裕璃は修司の方を向いた。

「え…う…うん。 そうだよね…。」

と、修司はその無敵の笑顔にかなうはずも無く、心の中で血の涙を流しながら答えた。

好きな子からの完全否定ほどダメージの大きいものは無い。

ボディーブローでもやられてる気分だなぁと、修司は遠くを見ながら思った。

そんな裕璃と修司の様子に、リオは微笑む。

「なーんだ、そっか。
 彼氏なんかじゃなくて友達なんだね。」

と、心なしか「彼氏」と「友達」が強調されるように言われた言葉に、修司はますます落ち込んでしまう。

さらに追い討ちのように、

「うん、そうだよ。」

裕璃が完全肯定してしまったのだから、もはや彼は笑うしかない。

「修司君、こっちはリオ君。
 私を助けてくれたんだよ。」

「ああそうなんだ、よろしくリオ君…って!」

裕璃が修司に向かってリオを紹介すると、抜け殻のようになっていた修司は意識を覚醒した。

「助けられた…って、何があった?」

心配そうに聞いてくる修司に、裕璃は曖昧に微笑む。

「…ちょっと…絡まれて…。」

「誰に?」

「…ナンパ男達に。」

修司はその瞬間、裕璃の肩をガシッと掴んだ。

「だ…大丈夫?! 何かされなかった?!!」

「え…うん。 リオ君に助けてもらったから、大丈夫だよ?」

裕璃はその滅多に見れない彼の剣幕に押されながらも答える。

すると、修司はたちまち安心したように微笑んだ。

「よかった〜…。
 ありがとうね、リオ君! 裕璃ちゃん守ってくれて!!」

と、修司はそれは嬉しそうにリオに向かって笑った。

リオはまさか自分にお礼を言ってくるとは思っていなくて少し驚いたが、にっこりと微笑を返す。

「うん、可愛い女の子を守るのは男として当然のことだからね。」

「え…?! もう、リオ君ってば。」

そんなリオの台詞に、裕璃は少し照れたように笑った。

しかし、リオは裕璃にちょっと怒ったように言う。

「僕はユーリお姉さんのためならどこでもかけつけちゃうんだから。 本当だよ?」

裕璃はそれに対してますます顔を赤くしてしまった。

それに対して修司は苦笑いを浮かべる。

自分は裕璃のピンチにかけつけられなかったのだ。

だから、リオの言葉が心の中に余計に響くのである。

リオはちょっと落ち込んだ修司をちらりと横で見て、裕璃に向かって笑っていう。

「―――― それじゃ僕帰るね、お姉さん。」

「え? 帰っちゃうの?」

裕璃が少し驚いたように聞くと、リオは笑いながら言った。

「うん、お姉さん家の人も着たみたいだしね。」

僕は必要なさそうだ、とリオが言うと裕璃は寂しそうな顔をした。

裕璃はリオと今日会ったばかりだが、話していて楽しかった。

できればもっと話をしたかったのだが、帰ると言っている以上引き止めることはできない。

彼は自分の恩人だから、無理はいえないと思ったのだ。

「…そっか…残念だなぁ…。」

裕璃は悲しそうにポツリと言った。

リオはそんな裕璃の表情をちょっとつらそうに見るが、

「大丈夫、この町を歩いていたら、また会えるよ!」

と、裕璃に向かって笑いかける。

裕璃はそれに答えるようにして、笑った。

リオは裕璃の表情を満足そうに見た後、修司のほうへと近づく。

修司はどうしたんだろうと思っていたら、リオはそのまま彼に向かって右手を差し出した。

そこには、今まで握られていた裕璃の荷物が三袋分。

「はい、今度はお兄さんが持って行ってね。」

後姿だったため裕璃には見えなかったが、リオの声はとてもにこやかだった。

「あ…はい。」

しかし何故か修司は緊張した面持ちでそれを受け取っており、裕璃は首をかしげる。

すると急にリオは裕璃のほうに振り向き、例のきれいな微笑を裕璃に向ける。

「それじゃお姉さん、僕行くね!」

裕璃はやはり少し悲しく思いながらも、また会えるんだと思って顔に微笑をたたえた。

「うん、リオ君またね。」

そう言って頭を撫でると、彼は目を細めて幸せそうに微笑む。

やがて裕璃が撫でるのをやめると、リオはここに来るまでと同じように今来た道を走って行った。

裕璃はその後姿を感謝の意味を込めて、見つめる。

修司はそんなリオの姿を見ていた裕璃を、複雑そうに見ていた ―――――





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